第082話 葬儀
変わったやつだ。一生遊んで暮らせるだけの金は持っているだろうに何も好き好んで争いの渦中に自ら首を突っ込むこともなかろう。まぁ、金では買えない物っていうのは世の中にごまんとあるしな。リーマンはそういう意味で言うとスリルも味わっているということか。
ブライアン・バージヴァルの戴冠式が間近に迫り、俺の処遇も公にされた。王嗣という立場で、称号はない。それでその発表のついでといっちゃぁなんだが、財務大臣から相続について個人的に説明があった。
前王太子カール・バージヴァルの全財産を引き継ぎ、先王アーロンの資産の一部も与えられる。本来ならブライアンが全て相続するのだが、手付金のようなものだと大金が書かれた書類の束を手渡された。手付といわれるからにはエリノアとの約束の証と理解していいだろう。
そうはいってもアーロンの資産全体から見ればほんの少しだ。それでも、元々持っていた分も合わせて俺は国内第二位の大金持ちになった。
十万ヘクタールに及ぶ農地に、国内有数の都市にある数々の不動産、そのうえ島まで頂いた。もちろん一位はブライアン王だ。彼は俺なんかとは桁が違う。
話しがリーマンと逸れているようだが、リーマンもまた大金持ちだ。居場所がないというなら引退し、どっかの領地に引っ込んでそこで遊んで暮らせばいい。だが、やつの選んだ自爆魔法から推察するに、そもそも竜王の門から生涯離れる気はないとみた。
アーロンが死んでからエリノアに会うまでの間、俺は馬車でやつとずっと一緒にいた。やばい状況にかかわらず、リーマンにはその状況を楽しんでいるかのようなふしがあった。やつは俺に、居場所を奪ったとか宣っていたが、陰謀渦巻く竜王の門こそがやつの居場所であり、竜王の門こそやつの主じゃなかろうか。
それを言うならゼーテ国の王太子リーバー・ソーンダイクは、リーマンのお眼鏡にかなった相手なのかもしれない。リーマンのことだ。ソーンダイクの人柄も知り、今回のお呼ばれした理由も本人は事前にちゃんと把握している。終始、会えるのが一分一秒でも待ち遠しいって感じだ。
天気も申し分ない。ぽかぽか陽気に、小鳥のさえずり。竜王の門の広大な庭園。俺とリーマンは並んで並木道を歩く。その後ろを、イーデンとカリム・サンら侍従二人、そして、リーマンのフットマンが続く。
イーデン・アンダーソンは本来なら俺の後ろに付くはずの男でなかった。先王の弟であり、俺と肩を並べて歩いているリーマンの兄でもある。彼が俺に従っているのは理由がある。不死の魔法を自分にかけてしまったからだ。
いざという時に俺がそれを解除する。そういう約束だった。家臣にならずとも絶えず一緒にいればいいだけなのだが、そこんところがやつのややこしいところだ。
アーロン王はもういない。しかも、ブライアン・バージヴァルの即位に際し、イーデンに近く恩赦が出されるという。イーデンは別に罪を負ったわけではないのだから厳密に言うと恩赦は関係ない。しかし、先王アーロンに疎まれていたのも事実である。恩赦はお墨付きのようなものだ。もう誰に気兼ねすることなく生きていけるはずだ。
もちろん、リーマンと約束した財産没収も、妻ソフィアと娘のアリスの人質の件も無効である。実際、ソフィアとアリスはすでにウォーレン州の実家、アンダーソン邸に帰っている。
立場的にイーデンが俺の臣下である必要はもうない。護衛騎士とは言わず、リーマンのように胸を張って、俺の横を歩けばいい。
だが、この男は強情だ。一度言い出したら後には引かない。おそらくはウォーレン州の知事になったのもその性格故だろう。政治家としてもよくやっていたという。ただし、裕福層や貴族領主たちには人気がなかった。
不正を聞いたら許せなかったのであろう。貴族なんて平民を殺すのを何とも思っていない。ブルジョアはブルジョアで貴族に袖の下を掴ませて、私利私欲に励んでいた。
何人も牢獄送りにしたと聞いている。元王族ということもあって好き勝手にのさばっていたやつらには随分と恐れられたはずだ。しかも、魔法が使える。
常人なら水路に死体となって浮かんでいてもおかしくはなかった。事実、特権を利用して私腹を肥やす寄生虫も、法を犯すならず者らも、手も足も出なかった。そこにアーロン王の派兵である。悪党らは小躍りして喜んだに違いない。
義理人情に厚いのであろう。俺に従っているのは意地を張っているだけでない。おそらくは俺に感謝している。そういうのを出せないところも強情っ張りの特徴だ。が、しかし、不思議な兄弟だと思う。
―――アーロン・バージヴァル葬儀の日。まさにアーロンの遺骸が燃やされようとしていた。その時俺は、ふと思った。
リーマンは自爆魔法を自身にかけていた。イーデンもそうしたら良かったんじゃないかと。
だが、話はそう単純ではないようだ。リーマンはドラゴン語を覚えると自爆魔法を自身にかけた。おそらくイーデンは、魔法の枠を何かあった時のために一つ残しておいていたのだろう。そもそもが不死の魔法を使おうとは思っていなかった。
結果的にイーデンは、アーロンと刺し違えようと自身に不死の魔法をかけた。
そこまでする必要があったのか。
組まれた木材の上にアーロン王の遺骸が横たわっていた。大司教が火をくべると木材のそこかしこから煙が立ち上り、やがて真っ赤に燃え盛り、炎は音を立て、木ははぜた。
アーロン・バージヴァルは灰となって天に昇って行った。全ては終わったことなのだ。なぜ不死の魔法であったか、蒸し返すのはよそう。その時は、そう思った。
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