表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/202

第081話 虎の威を借る狐

言うまでもなくブライアン王は幼少だ。もちろん、エトイナ山には登っていない。


この世界では魔法が使えて初めて王族の正式メンバーとなる。ブライアン王は魔法も使えないどころか、まだ王族の正式メンバーですらない。それはつまり、名ばかりの王ということだ。


メレフィスの国民は納得しても、他国の王族が黙ってはいまい。エリノアは下級貴族の出だから他の王族との付き合いもなければその思想も進歩的なのだろう。俺に軍を与え、エトイナ山に行くことも許した。


その点から言っても、他国の王族と軋轢あつれきを生む。そのうえでの、ブライアン王だ。メレフィスは他国からどんな嫌がらせを受けるか分かったものではない。


最悪の場合、いくさもあり得るってことだ。エリノアが何か手を打っていると信じる他ない。


リーマンの自室に向かう道すがら、俺はリーマンに尋ねた。


「長い歴史の中、十八に満たなかった王が過去にもいたんだろ。その時はどうしたんだ」


この世界にはまだ科学が進んでいない。子が生まれる生まれない、男か女かは人の力ではどうにもならない。だが、永く王家が存続したからにはその対処法もあるはずだ。


リーマンは部屋に入った。俺もそれに続く。例のフットマンが立っていた。ヴァイオリンのやつだ。リーマンが命じるまでもなく、グラスに酒を注ぐと盆に載せ、俺たちの前に差し出す。リーマンはグラスを取る。


「五つの王族は文化もしきたりも違いますが、兄弟のようなものです。一つの王族に男子がいないとなれば、別の王族から男子を貰い、王にする。今回の件で言えばゼーテ国がいいでしょう。古くから血の繋がりがありますし、そうですね、あてがうならさしずめアリスがいい。先先代の王の血を引いていますし、母のソフィアは王族から近い上級貴族です。容姿も美しい。むしろ、引く手あまた。アリスを妃にする。そういう意味で言えば、エリノアは大罪人です。エンドガーデン全体の秩序を乱しました。本来ならあなたという健康な男子がメレフィスにいるというのに」


困っているかのように見せかけてリーマンは、実は喜んでいる。人生諦めたが、このわたくしめもまだまだ捨てたもんじゃない、って感じだ。お咎めなしがよっぽど嬉しかったのだろう。王宮では今まで通りなうえ、まだ一波乱も二波乱もありそうな気配だ。


説明する口調も滑らかで、表情も満足気である。そもそも、こいつ自身も王族たちの誓いを反故にし、アーロン・バージヴァルを皇帝にしようとしていた。


各国との軋轢あつれきという点においてはエリノアと何ら変わらない。俺としても、エンドガーデン全土から人を集め、エトイナ山に向かうつもりだ。他の王族との軋轢あつれきは避けては通れないのだろう。


いずれにしても、聞けば聞くほど全くのいばらの道だ。ローラムの竜王にエライ仕事を請け負ってしまったと今更ながら後悔してしまう。


ともあれ月日は、俺たちのことなんて何も考えてはくれない。夜が明けてアーロン王の死が公表される。棺は竜王の門から市街地の大聖堂へと運ばれていった。さらに数日後の先王を送るセレモニーやら、葬るための儀式やらを、日を重ね順次行われていく。


リーマンの指摘通り他国の王族の姿はまばらだった。リーマンの説明にあったが、比較的血縁の近いゼーテ国の王太子だけがブライアン王に謁見したようだ。他国の王族は、葬儀には出てもブライアン王には挨拶もせず帰って行ってしまった。アーロン王に敬意を払ったということなのであろう。だが、ブライアンを王として認めていない。


かといって、この俺を焚き付ける者もいなかった。キース・バージヴァルの裁判は王族の間では知らぬ者はいまい。


悪童のうえ、変わった性癖の持ち主。唯一褒められた俺の英雄譚、ローラムの竜王との契約の話には誰も身向きもしない。


どの国でも帰還式では作り話をするそうだ。そのうえブライアンに王を譲ったことで俺の評判はさらに落ちている。他国の王族は誰も俺に近づこうとはしなかった。


アーロン王の死を疑問視した他国の王族もいたようだ。リーマンが教えてくれた。スパイを使ってエリノアのことを嗅ぎ回っていたという。動かぬ証拠を掴んでブライアンを廃し、自分の一族からメレフィスの王を出す。


証拠なんて見つからない。暗殺はおそらく、執政や大臣ら、国民議会議長や大司教等々、この国の重鎮全ての同意、全員が犯人みたいなものだ。この秘密は誰も彼もことごとく、自分の墓場まで持って行くことだろう。


そんな中、ゼーテ国の王太子リーバー・ソーンダイクだけは先王の葬儀からずっと竜王の門に滞在していた。王族たちが一筋縄ではいかないのは身を持って知っている。それはメレフィスに限ってのことではないのだろう。エリノアも許していることから何かあるのは明らかだった。


そのソーンダイクに、俺とリーマンは招かれた。庭園でお茶会をするそうだ。俺とリーマンは連れだってその場所へと向かった。


なぜ俺たちがお呼ばれしたのか、リーマンは何か情報を掴んでいるのだろう。態度で分かる。というか、分かるようにしている。こういうのをまさしくこれみよがしっていうんだな、と思った。


いつものように手を背後に組み、美しい姿勢で歩いているのはいいが、足取りはダンスでもするように弾んでいる。ニヤついた笑顔も浮いていなく、板に着いている。ここ数日、こんなリーマンを見たことがない。


こいつがこんな姿を見せるということは再就職の見込みがたったということだ。アーロンがいなくなり、ブライアンが竜王の門のあるじとなった。もちろん、彼にはエリノアという賢い女がついている。


相変わらずリーマンの下には、上級貴族たちの不倫とか下賤な噂は入って来るようだ。だが、知りたがりのリーマンにはよっぽどストレスなのだろう。竜王の門を初めとするメレフィスの財政や政治の公式な情報は自分でなく、全てエリノアの方にもたらされる。


リーマンは自分に合った雇い主が見つかったというわけだ。これである程度は王宮を私物化出来よう。全てを掌握出来るチャンスでもある。虎の威を借る狐にはぴったりじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ