第080話 微笑み
もし、エリノアが王都に巣くうマフィアどものように少女を差し出して来たらキレてやる。それとも何か? 俺には何もないってか? 可能性は無きにしも非ず。すでに権力は掌握したんだ。力づくってこともあり得る。
脅しも取引材料としてはないわけではない。いずれにしても俺に権利があるってことをエリノアの頭にきっちり叩き込んでやる。そのうえで、俺が率先して権利を譲ったってした方が何かにつけ事が有利に働く。
ギリギリまで踏み込んでやる。なされるがままで何にもないより何かあった方がいいに決まっている。
エリノアは俺の挑戦的な物言いに態度を崩さなかった。凛とした眼差しで俺を見据えている。
「キース殿下は権利で言えば、カール王太子殿下がいない今、継承権の最上位におられます。殿下が王になられたとして誰も表立っては異論を唱えないでしょう。ですが、国を治めるという点で言えばどうでしょうか。国民は王を恐れ、忌み嫌う。国民あっての王ではないでしょうか」
またひどい言われようだ。裁判でネガティブキャンペーンを張ったのはいったいどこの誰なんだ。
「わたしは殿下に伺いたい。殿下は王になって何をしたいのです。ローラムの竜王の提案ですか? それならば私に考えがあります。殿下が軍を率い、エトイナ山に向かわれるのがよろしかろう。ブライアン王は最大限、殿下を手助け申し上げます。ですが、それは殿下が王となられても出来ること。その場合、殿下はどう国を治めるのでしょうか」
「俺に出来ないとでも? 舐められたもんだな」
まぁ、国を治める気なんてさらさらないんだけどな。
「言うのは心苦しいのですが、殿下は恐ろしい人です。殿下が王都にいればこそ臣民はしたがましょう。恐怖で人を縛るのも政治手法としてはなくはない。ですがもし、王とにいなくなればどうでしょうか。タガが外れるがごとく国は乱れましょう。帰還式で聞きました。ローラムの竜王の提案はカール王太子殿下か、殿下がいないと始まらないのでしょ」
最悪、俺の居ない間に国を乗っ取ってやるぞ、っていう脅しか。俺とローラムの竜王との約束を逆手に取ろうってわけだ。
「もし俺が、ローラムの竜王の提案なんてクソくらえだ、って言ったら?」
「殿下は王座のために国民をお見捨てになられた。それこそ人心は離れていくでしょう。帰還式でエンドガーデンの危機を公にしたのです。今も国民はガリオンやザザムの竜王に怯えています」
そうくるわな。まぁ、エリノアとしても必至だ。息子を守りたい一心なのかもしれんし。
「ブライアンを王にすれば、俺の手助けを、国を挙げてやるのだな?」
「はい、そのつもりです」
悪童と称される男と魔法が使える妖しい男を相手に誰の手も借りず、女の身一つで対峙している。自身に敵意がないと身を持って示す胆力と自分の行いに責任を持とうとする覚悟がなければそうは出来まい。
ブライアンも同席させている。エリノアはただ単に息子かわいさだけでアーロンを毒殺したわけでもないってことか。
まぁ、ごねるのもここまでだな。引き出せるものは引き出せた。この女は他の連中と違い、信用に足るということか。いいだろう。
「言ったこと、忘れるな」
「はい、リーマン殿が証人です」
床に這いつくばってうなだれているだけのリーマンは、ひょこっと顔を上げた。今までずっと下げた頭の下で舌でも出していたのだろう。不意に名前を呼ばれてきょとんとしている。
言うまでもなくエリノアの目的は俺なのだ。俺に注意が向けば向くほどリーマンには害が及ばない。俺とエリノアが言い合っているのを聞いてリーマンはしめしめと思っていたはずだ。
王の器ではないと言っていたが、さもありなんだな。こいつは今まで通り王宮で、思うがままに自分の生活を楽しみたいってだけの男なんだ。
「さぁ、立つのです、リーマン殿下。ブライアン王陛下にご挨拶を」
毅然とした声であった。エリノアは今、王太后陛下となったのだ。はっとしたリーマンはおずおずと立ち上がり、うやうやしくブライアンの前にひざまずくとその手に口づけをした。
「現時点、王太子の称号を持つ者はこのメレフィスでは不在となります。ですが、キース殿下にはそのまま継承権第一位でいて頂き、お立場としては王嗣とさせて頂きます」
王嗣とは聞きなれんが、御大層な立場にして頂いたからには礼をしなければな。
俺はブライアン王の前に立った。ひざまずき、そして、口づけをしようとブライアンに向けて手を差し出した。だが、エリノアが止める。
「陛下への口づけは今後よろしかろう。今日、この場を以て、殿下はメレフィス国のためだけでなく、エンドガーデン全ての王族、臣民のために働かれることとなったのです。よって殿下に限って王への拝謁の作法は不要と致します」
☆
国王に対して口づけをしないというのは破格の待遇と思っていい。俺は想いもよらぬ自由を手に入れた。だが、まるで俺の心を見透かしたようではないか。
俺たちは謁見の間のあと、先王陛下アーロン・バージヴァルの寝室に通された。リーマンはというとアーロンの手を握って泣いていた。本心から泣いているのかウソ泣きなのか、定かではない。
アーロンの顔は安らかだった。苦しんだ様子もない。むしろ微笑んでいるかのようだった。生前では見られなかった。よほど楽しい夢を見ているんだろう。
その頬笑みから、俺はカール・バージヴァル暗殺にアーロン王から手渡された毒薬を思い出していた。アーロン王曰く、無味無臭、幻覚作用もあり、眠るように逝ける。眠るようにとは、夢見てとも取れる。
部屋を出るとリーマンに誘われて、リーマンの部屋へと向かった。リーマンが言うには、メレフィスにとってブライアン王は上手くないそうだ。
これから順次、葬儀のための式典や行事を重ねていくという。そこには必ずと言っていい、他国の王族が関係する。
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