第079話 三文芝居
俺たちは、運命の岐路に立たされている。夜陰に紛れ、王都の市街地を抜け、竜王の門に入った。
馬車は近衛騎士らによって止められ、あっという間に大勢に囲まれてしまった。一団の中から近衛騎士団長が姿を現し、馬車をノックする。リーマンは足を組んだまま、返事もせず平然と構えている。
馬車の後部に屋根のない座席がある。そこにフットマンがいた。フットマンはすばやく近衛騎士団長のそばに立つと馬車のドアを開けた。
近衛騎士団長の顔が見えた。といっても暗がりでぼんやりだ。表情は読み取れず、だが、雰囲気から緊張しているように見受けられる。そいつは頭を下げ、至急謁見の間までご同行願えませんでしょうか、と固い声で言った。
「アーロン王陛下はまだ横になっておられなせんでしたか。わたくしめの帰りを待っていただいていたのですね。恐縮至極。ですが、積もる話もありますので、明朝で、とお伝えが願えないか。アーロン王陛下のお体に触りますゆえ」
リーマンの空気を読まない答えに、近衛騎士団長は、何分火急な用にてすぐにでもお越しください、と語気を強めた。
普通なら問いただしてもいいような近衛騎士団長の態度にリーマンは何もなかったかのように平然と言う。
「アーロン王陛下がそうおっしゃるのであれば断るべくもありません」
リーマンは馬車を降りた。俺もそれに続く。近衛騎士団長は陛下という言葉を一度も発していない。それどころか、誰が俺たちを謁見の間に呼んでいるのかもあいまいなままにしていた。対してリーマンは何度もアーロンを名指ししている。
ペイジがもたらした情報は今更ながら間違いではないと確信した。謁見の間で待っているのはおそらくエリノア妃。
深夜の竜王の門は静かだった。廊下を進む俺たちの足音が王宮に響く。謁見の間まではちゃんと蝋燭の火が灯されていて、事前に準備されていたのを物語っている。
物々しい一団に囲まれた俺たちは、やがて謁見の間の前までやって来た。近衛騎士らによって扉が開かれる。
やはりエリノアが立っていた。薄暗い謁見の間の真ん中にいて、そばに五歳ぐらいの子供もいる。ブライアンだ。だだっ広い謁見の間にたった二人で俺たちを待っていた。
謁見の間に入ると扉は閉じられた。近衛騎士団長らは入って来なかった。俺とリーマンはもちろん、アーロン王の死を知らないことになっている。俺たちは何食わぬ顔でエリノアらに歩み寄り、すました顔で膝を折って挨拶した。
「妃殿下、ブライアン殿下。夜分遅くにもかかわらず直々の御出迎え、恐悦至極に存じます」
そう前置きするとリーマンは続けた。
「アーロン王陛下がお越しではないようですね。安心しました。普段ならお休みになっているのにも係わらず、我々の帰還早々謁見の間にお呼びになられたので、お体に障るのではないかと気が気ではありませんでした。お二方におかれましても何と申して良いのやら。今回の件でこれほどまでにご心痛だったとは夢にも思わず、うかつでございました。お詫びの言葉もごさいません」
エリノアがアーロン王を心配している。リーマンはあくまでもそのスタンスを崩さない。
「御いたわしい。妃殿下は何も聞かされていらっしゃらなかったのでしょう。なにぶん国王陛下は口下手ですから。妃殿下には今後、何かあったらわたくしめの方からちゃんとご報告申し上げます。実はイーデン・アンダーソンは我々の早とちりでした。国王陛下への反意はございません。その証も持って参りました。ご安心ください」
エリノアは金髪と白髪のちょうど中間のプラチナブロンドであった。長い髪で、風に吹かれたように毛先がカールしている。顔立ちは面長で整っていて、全体的にシャープな印象を受ける。珍しいグリーンアイを持っていた。
神秘的な美しさを感じる女だった。息子のブライアンは黒髪。瞳はグレーだろうか、光の加減で少し緑色がかって見えた。
「明日、キース殿下共々、このことを国王陛下にお伝え申し上げようかと存じます。カール王太子殿下と会えなかったのは残念でなりませんが、次の機会に必ずや」
「それは、もう良いのです」
エリノアが静かにそう言った。リーマンは顔をしかめ、もう良いとは? と聞き返す。エリノアはそれには答えず、こう言った。
「国王陛下はご崩御あそばされました」
「な、なんと」
リーマンは二歩三歩と後ずさる。
「今、何と申されました、妃殿下!」
エリノアのグリーンアイは俺たちをしっかりと見据えていた。
「国王陛下はお隠れあそばされました」
「お隠れ! 胸が悪いと申されていましたが、それほどまでとは」
エリノアも、アーロン王が胸の痛みを訴えていたなんて初めて聞いただろう。俺も初めて聞いた。
「無理をなされていたのですね、メレフィスのために」
アーロン王が病気だった、と俺たちがそう思い込んでいる。つまり、何者かに殺されたと俺たちが微塵にも思っていないとのアピールである。しかも、いつ死んだのかとかは訊かない。
訊けば、なぜ知らせてくれなかったのかとか、血縁者らしい反応をしなくてはならなくなる。必然、俺たちがアーロン王の死を不審に思う流れとなってしまう。なかなかどうしてリーマンは上手くやっている。
「おいたわしい。わたくしめは何もして差し上げられなかった」
リーマンは嘆いて見せた。芝居は続く。膝を落とし、両手を床に付け、うなだれた。エリノアも涙をぬぐう仕草を見せる。そして、風格を感じさせる凛とした表情をすると俺の正面に立った。
「殿下に申し上げたいことがあります」
俺はというと、気が抜けたようにただ、ぼーっと突っ立っていた。呆然としているようにエリノアには見えるだろう。リーマンとは対照的だが、俺はこれくらいで丁度いい。
リーマンほどアーロン王に思い入れがない。むしろ、アーロン王に俺は殺されかけたのだ。俺が王太子に指名されようとしてたなんて知る由もない。なのに突然嘆いて泣いて見せては逆に勘ぐられてしまうってもんだ。
「先王陛下は王座をブライアンに約束しました。私たちは先王陛下のご遺志に従うべきです」
これからが本番ってわけか。いいだろう。受けて立つ。
「俺には権利がある」
はい、そうですか、では軽くみられる。
「つまり、俺は自分の権利を捨てろと?」
どうせ取引材料は用意しているんだろ? 見せてもらおうじゃないか。海千山千の老巧手らを黙らした手腕とやらを。
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