第078話 ヴァイオリン
柄にもなく腹を割ったな。王族らしく、他人を一ミリとも考えない身勝手な言い分だが、まぁ、許そう。
四つある魔法の二つをアーロン王に捧げたといえども本命は自爆魔法なんだろう。他はどうでもいいとまでは言わないが、よくよく考えればアーロン王への二つも自身が生き残るためのものだし、風魔法もそう。こいつは自分がよっぽどかわいいとみえる。
「分かった」
復讐するとか言って、馬車を走らせて先行する王直属の軍を王都に入る前に捉える、とか言われるよりはよっぽどましだしな。
とはいえ、さっきからずっと俺の頭の中で引っ掛かっていた。それを確認しなくてはならない。
「ペイジやフットマン、あれはあんたのスパイだな」
「スパイとは言い草ですね。先程わたくしめは誰かに仕えることが自分の才だと申しました。わたくしめはアーロン王の助言者であったと共に、竜王の門の従僕たちの長であります。もちろん、彼らには与えられた役割があり、彼らも宮中で定められた順位に基づいて働いています。わたしめが言う従僕たちの長とはそれとはまた別のもの。情報交換の場であったり、問題が起きれば皆で知恵を出し合って対処する。わたくしめが彼らのために組織を作りました。組合みたいなものです。もちろん、わたしめのためでもあります。その組織に、王宮の従僕全てが属しています。わたくしめは魔法の能力ばかりが注目されているようですが、あれはただのパホーマンス。実質はほとんど役に立っていません。従僕らこそわたくしめの力なのです」
やはりそうか。リーマンは従僕たちを自分の都合のいいように組織していた。当然、それは趣味と実益を兼ねてのことなのだろう。
どうりで愛するアーロン王が死んでもさほど落ち込まなかったわけだ。その部分のリーマンの気持ちは他に移っている。いや、そもそも少年が好みだったのかもな。あるいは、自分がされたことを少年達にやっているとか。
ともかく、王宮の奥に閉じ籠っているアーロン王が何でもかんでもお見通しだったのはこいつのおかげだ。アーロン王もリーマンの趣味のことを含め、全て知っていた。まぁ、原因はアーロン王なのだからさもありなんだ。
おそらくは王都にいないリーマンに情報が流れるようわざと従僕がいる前で、俺を王太子にするとか、内々という形で執政デルフォードに話したのではないか。
アーロン王としてはいつものように従僕を使ってリーマンに根回しをするつもりだった。エリノアは遠ざけている。執政デルフォードは無能で小物だ。彼らは眼中になかった。
デルフォードはよっぽど俺を王にはしたくなかったのだろうな。俺のことをクソ嫌いなんだ。何もなかったように俺に接していたが、王太子にすると聞いて耳を疑ったに違いない。
仮にも執政を務めるやつのことだ。自分では何も出来ないが、誰かにやらすことはお手の物。早速エリノアに話した。エリノアは肝を潰したにちがいない。
アーロン王は見誤った。そして、図らずしもその情報は別の形になったが、ちゃんとリーマンに届けられた。まぁ、これは全て俺の推測なのだが、大方は当たっていると思う。そうでないと従僕がこのような大事を知る由もないからな。
しかし、リーマンもリーマンだ。何が秘密をお教えしましょうだ。肝心なことは何も言っていなかった。事ここに及んで隠し立てしないところを見るとやつにしてみれば、俺はエリノアよりまだましなんだろう。王族らしい王族ではないが、キースは正真正銘王族なんだしな。
俺にしてみれば、リーマンの言葉をそっくりそのまま返したい。今回は共闘するが、次は敵対するかもしれないと。
王宮の従僕を自分の保身のために使うとなれば今後脅威となり得る。実際、キース・バージヴァルは脅威を感じていたのだろう。あえて従僕を使わなかった。
どうりでリーマンは俺に従僕を使うことを勧めるわけだ。言うまでもなく俺はキース・バージヴァルで、落馬以前の記憶がない設定だ。額面通りに言えば、キースが従僕を使わなかった理由を俺は知らない。
リーマンの真実を知れば知るほど妖しいやつとしか思えない。キースでさえそう思っていたのだ。が、致し方なかろう。俺に選択肢はないのだ。もちろん、従僕なぞはもう金輪際持とうと思わないがな。
リーマンはというと、言いたいことを言って少しは落ち着いたようだ。普段のニヤけたリーマンに戻っていた。
「さて、昼食にでもしましょうか」
馬車を出ると俺たちは揃ってテーブルに付いた。草原の真っただ中である。辺りに建物はなく、遠く向こうには山々。その幾つかは頂きを白く染めていた。
テーブルクロスの垂れた端が風になびいている。青草がまるで打ち寄せる波のようだった。リーマンはフットマンに、音楽を、と注文した。
「皆が踊りだすような陽気な音楽がいいでしょう」
言いつけ通りフットマンはヴァイオリンを弾いた。リズムカルで楽しい音楽だった。リーマンが言うには、このフットマンは高名な音楽一族の子弟で、音楽の才がないということで家を出された。
俺はヴァイオリンのことは分からない。ただ、身辺警護する騎士らは足先やら指先でリズムを取っている。イーデンなぞは馬車の窓に顔を見せるソフィアに笑顔を送っていた。演奏の腕前はきっと超一流と紙一重なのだろう。おそらくはリーマンもそう思っている。このフットマンはリーマンのお気に入りなのだ。
俺たちの旅は、進んではティータイム、進んではティータイムであった。音楽ももちろん楽しんだ。物見遊山で能天気な王族を演じつつ、十日を掛けて王都センターパレスに到着した。
旅の一行で俺たち以外、アーロン王の死を誰も知らない。日付が変わる前の帰還に、護衛騎士の中には不審に思った者もいよう。今までさんざん遊んで来たのになんでわざわざ真夜中に竜王の門に入るのか。もう一泊しての、早朝帰還でもよかったのではないか。だが、俺たちの馬車は止まらなかった。進むしかもう道はないのだ。
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