第077話 吐露
俺は笑顔を作ってフットマンに、やれるな、と問う。
「はい。承りました」
そう返事するとフットマンは馬車から下りた。ペイジも後に続く。
馬車の中は依然として重い空気に支配されていた。リーマンは己の人生をアーロン・バージヴァルに賭けていたのだ。二人きりとなってずっと黙っていたリーマンが、独りごちるように口を開いた。
「こうなると軍を解散したことはかえって良かったのかもしれませんね」
兵を手放したとなれば、エリノアに対し逆心がないことを示せる。そもそもそれはイーデン・アンダーソンにアーロン王への反意はないと示すために取った行動だった。アーロン王直属の軍は六日後に竜王の門に帰還する予定だ。
兵を手放してしまったからにはエリノアを質すため竜王の門に圧力をかけることはもう出来ない。だが、もし俺たちの手元に兵がいたら。
結局リーマンは、生き残るだけの道を選んだ。自分を戒める意味も込めて、手放してよかったと言ったのかもしれない。
そうではなく、もし国王直属の軍もいてリーマンがその気になったとしてだ、こっちには魔法が使える者が二人+アルファ。アルファとは俺なんだが、大概の敵は退けられるはずだ。
しかし、そうしない道をリーマンは選んだ。妥当な判断だったと思える。この戦いはどう考えても生産性がない。戦いに勝つことは大事だ。だが、戦後の統治も見据えないといけない。
アーロン王いのちのリーマンは、そもそも俺なんぞにシンパシーなぞ感じていない。俺はやつの思う王族らしい王族でないしな。
俺を王にするために命を懸けるとは思えないし、俺のために働きたいとも思ってない。俺自身、王になる気は全くないんだ。
元の居場所に帰らないといけないし、俺が帰ったら帰ったでキース・バージヴァルがここに戻って来る。事の経緯も知らず、マジキチのままのキース・バージヴァルが王となる。
そんな馬鹿げた話はない。ローラムの竜王との約束が果たされるのであれば、他はエリノアの好きにするがいいさ。
にしても、国の重鎮らだ。その総意となれば、エリノアの何がそうさせたのか疑問が残る。下級貴族の出だからか。賢い女だからか。そんなことであの海千山千の老巧手どもが手名付けられようか。
どういうディールが行われた。好奇心がそそられるところだが、それもおいおいと分かってこよう。今は俺たちの心配だ。最悪、亡き者ってことにさせられるかもしれない。
エリノアに従順を示すと決めたからには間違っても彼らを刺激してはならない。リーマンもそれを考えていたようだった。
「竜王の門には夜中に帰還することにしましょう。我々は何も知らない風を装い、休憩を多くとりつつゆっくりと移動する。お気楽な王族の物見遊山です」
速度を上げたり、街道を逸れるなど不審な行動を取ったりすればアーロン王の死がバレたと相手に勘ぐられる。俺の予想では、エリノアは俺を説得するのに相当自信を持っている。
間隙を縫ったうえでのアーロン王暗殺だったにもかかわらず、海千山千の老巧手どもを手玉にとった。エリノアに抜かりはない。事前にちゃんと、俺とのディールの材料は用意されている。
俺を殺すのはその結果しだいでいい、と高を括っている。こっちが変に動いて、エリノアらを惑わすべきではない。俺たちは能天気でいい。
それにどうせ俺が到着しなければ事は進められないのだ。カール・バージヴァルがいない今、継承権の最も高い位置に誰がいるのか。俺さえ説得出来れば、ブライアンは晴れて国王様。アーロンの死も公に出来るってもんだ。
「昼食の用意が出来ました」
我々の馬車に同乗するフットマンがドアの向こうでそう言った。リーマンは返事をしたが、動かなかった。
リーマンを馬車に置いといてお先にぃ、っていうわけにもいくまい。その一方で、気持ちを察して一人にしてやるべきだ、という考えもある。人間関係とは難しいものだなと改めて思ってしまう。
「竜王の門に帰る前に、殿下には聞いてもらいたいことがあります」
なんのことはない。つまりリーマンは二人っきりの時間がほしかったってだけのこと。
今しなければならない話。静かに話せる機会。やはり俺たちに感傷なぞ無縁。そんな甘っちょろい立場に俺たちはいないってことだ。考えるべきは今後の立ち回り。リーマンはそのことについて話したいのであろう。
「わたくしめは殿下にも、エリノア妃にも、従いません。殿下が裁判で無罪を勝ち取らなければ陛下は心変わりを起こさなかったろうし、エリノア妃にしてもとんだとばっちりです。形勢は逆転し、逆に追い詰められるかっこになってしまいました。結局、一番割を食ったのはこのわたくしめで、エリノア妃にまでまんまと出し抜かれてしまう始末。こう見えてわたくしめのプライドはズタズタなのです。正直に言って、あなたたちに恨みがないとは口が裂けても言えない。わたくしめの才は誰かに仕えることと自覚しておりました。あなたたちはわたくしめの居場所を奪ったのです。ですから、殿下を王にしたいとはこれっぽっちも思わないし、ブライアンもそう。もちろん、わたくしめは王座を狙うような大それたことを考える人間ではありません。王座というものは与えられるべき人物に与えられるのです。わたくしめが王の器ではないことは自分自身がよぉく分かっております。出来ることと言えば、あなたたちの戦いを最後まで見届けること。時には殿下と、時にはエリノア妃と、共闘はするでしょう。それは、このわたくしめが生き抜くためのものです。新たにお仕え出来る人物が現れればその考えも変えるのでしょうが、殿下もエリノア妃もわたくしめを必要としないどころか邪険に扱うは必定。というわけで、今回は殿下と共闘しようかと存じます。くどいようですが、それはこのわたくしめが生き抜くためのもの。決して殿下のためではございません。いかがでしょうか」
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