第076話 沈黙
リーマンから言葉は出なかった。俺としても驚きを禁じえない。一度だが二人っきりでアーロン王と会った。あの時は、毒の瓶を手渡された。病的であったが決して不健康ではなく、目はギラつき、生命力に満ち満ちていた。
帰還式の時だってそうだ。あの怒りが病人のものとは思えない。溜まりに溜まった生命力を一気に爆発させたかのようだった。
ずっとアーロン王に接していたリーマンとて、そう思っていたであろう。なんせ皇帝にしようとしていたのだ。閉ざされた狭い空間に、重く長い沈黙が続いた。外の喧騒ももう耳に入って来ない。
フットマンがもたらした情報に嘘はない。その証拠に竜王の門で奉公する少年が遠く離れたここにいる。
リーマンに似合わずその表情は恐ろしいものとなっていた。俺にはニヤついているイメージしかない。何でもお見通しだと言わんばかりだった。だが、アーロン王の死はそうではなかった。間違いなく寝耳に水、思いもよらぬことだった。
少なくともリーマンは、アーロン王の死に関係していない。型にはまった死を悲しむという感情を見せるどころかむしろ、腹が立ってどうしようもないって風である。死なせたやつらも憎いがそれよりも自分を責めているって感じだ。
明らかに不審な死。まるで俺たちのいない間隙を縫ったようだ。フットマンとペイジはというと、リーマンが口を開くまで黙って平伏するつもりのようだ。彼らもリーマンの怒りを感じている。まるでアーロン王の死が自分たちの罪かのようにリーマンを恐れていた。見かねて俺は口を挟んでしまった。
「崩御はまだ公表されていない。他でもない、この我々にも秘密にされている。そのうえで君たちがここに報せに来た。急いで、しかも、年端もいかない子供が。宮中でいったい何があったんだ」
まぁ、少なくとも王都では次の王について問題になっているわなぁ。エリノアとしてはブライアンに決まっているが、継承順位はまだ下位だ。
キース・バージヴァルの極刑と、口うるさいリーマンの長期王都不在が既定路線であっただけにエリノアは方向転換を余儀なくされた。
しかし、思い切ったことをしたものだ。一か八かだったのは分かる。エリノアは俺の裁判でやり過ぎた。アーロン王に遠ざけられていたほどだ。しかも、アーロン王は俺を許すどころか、俺の実力を認め始めているという。
エリノアはアーロン王のやり口を知っている。いや、それはリーマンのやり口と言っていいだろう。俺がもし、王太子に任じられたら。
王になるはずの息子ブライアンが一転して命の危機に瀕する。息子の命には代えられない。エリノアは先手を打った。リーマンにすれば、またしても出し抜かれたと言うべきか。
とはいえ、エリノアとしてもまだ予断を許さない。王族だった者も含め俺たち三人は全くの無傷で王都に帰還することになる。さらには次期国王がハッキリしないこの状況で国民にアーロン王の死は公表できない。エリノアの得意とする民衆の後押しは、今回は期待できない。
そう考えるとエリノアは今後どんな力業を見せて来るか分かったもんじゃない。最悪、俺たちはイーデンとの戦いで死んだってことにされてしまう。送り返した国王軍が俺たちを討ちに戻って来る。
リーマンはというと未だ黙っている。フットマンは戸惑いつつ、俺の問いに対して口を開いた。
「それについては、このペイジ本人の口からご説明させて頂きます」
フットマンがそう言うと十歳前後の少年がたどたどしく話し始めた。それによるとアーロン王は正式に俺を王太子にするつもりだったらしい。決闘裁判の戦いで迷い、イーデン・アンダーソンの投降で決定的となったという。
そこに至るまでは、ブライアンをゆくゆくは王太子に、との考えだったらしい。六日前、気が変わったことを執政デルフォードに告げたそうだ。それで次の朝、骸になった。
ペイジは怖れ慄いていた。宮中には多くのペイジがいて、もちろん、その中にはアーロン王にかしずく者もいる。食事を告げるだけの者もいるし、コックへ指示を伝えるだけの者もいる。
この子は名乗りから侯爵家の人間だと分かる。おそらくは、多くの王付ペイジのリーダー格なのだろう。日頃からこの少年には多くの情報がもたらされる。そこから極秘にされているアーロンの死を見抜き、そら恐ろしくなって竜王の門から脱出し、ここに来た。
王都から随分と距離がある。まだ二百キロ以上は残されていよう。少年は道中、駅馬車を乗り継いだ。名家の生まれだから金には困らない。もしかして、馬を乗り継いで来たのかもしれない。フットマンとはこの先の街で出会った。リーマンが泊りそうな宿はしれている。
すれ違うことなく、上手くフットマンを捕まえた。頭のいい子供だ。話す言葉もなかなか要を得ている。しかし、なぜ殿下の俺ではなく、伝えようとしている相手がリーマンなんだ。
忠誠心とか正義心でここに来たとは思えない。そもそも、先触に出たフットマンと竜王の門にいるはずのペイジがここに二人そろっているってぇのも上手すぎる。まぁ、それは後だ。リーマンに問いただすとしてだ。その前にこの子だ。
「他の大臣ら、国民議会議長や大司教はこのことを承知しているのか?」
「はい。すでに竜王の門に集まっておられます」
やはり、全員がグルってわけか。リーマンは未だ怖い顔をして黙っている。
「ご苦労だった。この子には害が及ばないように頼む」
フットマンはリーマンに視線を送った。リーマンは眉間にしわを寄せ、目をつぶっている。考え込んでいるのか、ほっといてくれといった風である。フットマンでなくても沈黙するリーマンに戸惑ってしまう。
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