第073話 フットマン
「本来なら王都で派手に凱旋パレードをしたいところですが、残念ですね。建前で言えば、我々の早とちりで軍を動かしてしまった、ということですから、何もなかったかのように王都に帰ります。殿下の手柄はなかったことになりますが、それはまぁ、仕方ないでしょう」
リーマン・バージヴァルは各部隊の指揮官を集めると解散を命じた。各州の将兵や辺境駐屯軍、国境を監視する将兵らはおのおの帰路につく。近衛騎士などアーロン王直属の軍も、地方の軍が去ったのを見届けると自分たちの持ち場、王都へと進軍を開始した。
アンダーソン邸を包囲する兵で残されたのはリーマンの手持ち五十人ほどである。天幕が畳まれ荷馬車に積み込まれていく。その最中、イーデン・アンダーソンは妻ソフィア、そして娘のアリスとの再会を果たした。
イーデンは二人を抱えるようにハグをした。ソフィアはイーデンの右頬に自身の頬を、アリスはイーデンの左の肩に頬をうずめる。
陣払いの喧騒の中、それはしばらく続けられた。やがてイーデンは、名残惜しそうな二人を自身から離し、話しを始めた。
ソフィアはもの悲しげにイーデンの言葉を聞いている。二人の会話は俺たちから距離があってよく聞き取れない。リーマンとの取引、そして俺との約束を話しているのだろう。
離れ離れの生活がまだ続くのである。ソフィアは聞き分けのある女だった。俺のところに来て、主人をよろしくお願いいたします、と頭を下げた。
馬車は俺が乗って来たのとリーマンのとで二台あった。王都へは俺とリーマン、もう一方はソフィアとアリスが同乗する。
馬車の後部、屋根のない座席にはフットマンと呼ばれる従僕もそれぞれ一人ずつ付く手筈となっていた。
フットマンはコックやメイド、執事など屋敷に付く使用人ではなく、主人の傍に仕える。ドアの開閉や私物の運搬、旅先での雑務なぞ主人にどこでも付いて行ってその手足となる。
使い走りのペイジから始まり、フットマンに昇格し、執事のバトラーへと昇格する。ペイジは十代半ばまでで、王族諸支族の子弟や大農園、あるいは大商人の子供たちが選ばれた。因みにキース・バージヴァルはこの手の従僕を置いていない。その代わりに身寄りの定かでない少女をそばに置いていた。
ソフィアらの馬車に乗るはずのフットマンが、リーマンと一言二言喋っていると騎士が手綱を引いて空の馬を連れて来た。フットマンはその手綱を取ると馬に乗り、鞭を入れ、撤収しようという陣からまっしぐらに離れていく。
リーマンが馬車に乗って来るとすでに乗車してくつろいでいる俺に向かって、あやつにはブルーレイクでの宿の用意を命じた、と話した。
陣がきれいさっぱり払われて、俺たちは移動を開始した。カリム・サンとフィル・ロギンズ、そしてイーデンは馬上で馬車に付き従う。
カリム・サンとフィル・ロギンズの二人についていえば、決闘裁判以来、ぶつくさ言う場面があるにはあったが、基本的に俺に従順だった。強化外骨格がなんであるかを変な風にとらえている。
要は、王族とかそんなんじゃなく、もっと特別な存在と俺を誤解している。特にカリム・サンのことを言うなら、やつは王族を目の敵にする議会の回し者だ。常識に捕らわれない、自分の考えをちゃんと持っている男なのだろうが、所詮はこの世界の者。イザイヤ教の影響からは逃れられない。幼い頃から絵本のように物語として聞かされ、生きる手本の様に教え込まれている。
子供たちにとって、教訓めいた誰かの悲劇よりもドキドキわくわくのヒーローものの方が興味が湧くものだ。神がドラゴンと戦うために与えし兵器、それを誰に教えられるまでもなく操る男が目の前にいる。
おそらくは、このことをカリム・サンは議会に報告していない。まぁ、したとしても信じてはもらえないわな。そういうのを差し引いてもカリム・サンは誰にも話してはいまい。誰にも言うなと他でもないこの俺に命じられたのだ。
王族を快く思わない男が、まるで貴人を扱うように俺に接してくる。ぶつくさ言うのは俺の身を案じてのことだ。やつに他意はない。面倒ではあるが、それはそれで仕方がないことだ。
行軍はゆったりである。まるで王族の地方視察の旅となっていた。リーマンの目論見はまさにそこにあるのだが、それにしても馬車にリーマンと二人きりってぇのが納得いかない。他に誰かいたのなら気を緩められるのだろうが、リーマンとの心の距離は座っている距離よりももっと遠く向こうにある。
打ち解けたわけでもないのに馬車で二人っきりってわけだ。ソフィアとアリスを護送した時は気持ちが暗く沈んでいた。同じ居心地が悪くてもリーマンの場合はソワソワしてしまう。というか、じっとしていられない。足を何度も組み替えてしまっている。ソフィアらの場合はなんだかんだ言って、黙ってじっとしていたらそれはそれで済んでいった。
馬車の中でリーマンと二人っきり。思い出したように不意に何かを尋ねてこられたらたまったもんじゃない。
緊張感というか、そういう気持ちが俺にはある。リーマンは今のところ窓の外を見て何やら考え事をしているようだ。景色を見ているようで見ていない。そのままずっとそうやって考え込んでいてもらいたいものだ。
リーマンに、ところで殿下、と声をかけられたらどうしようか。そりゃぁ、まぁ、何か答えなくてはならないわな。
リーマンは色々と聞きたいはずだ。時間は死ぬほどある。どうしてイーデン・アンダーソンが俺になびいたとか、ドラゴン語を多くの人たちに与えると言った時のローラムの竜王の様子とか。
ローラムの竜王に会ったことがある者なら知りたいはずだ。初めて会った俺の感想も踏まえて、面白い世間話となろう。カールも言っていた。ローラムの竜王の姿を見れば驚くぞ、あれはもはやドラゴンと呼べるものではない。
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