第071話 死なば諸共
ドラゴンの領域真っただ中、カールはシーカーたちを置いてけぼりにし、自分だけウインドウに移った。
ローラムの竜王に会ったのは俺だけ。カールはあたかもローラムの竜王に会った風に帰還式で偽った。やつのために死ぬなんて無駄死にどころか、いい笑いものになる。
それだけではない。忘れてはならないことがある。リーマン・バージヴァルは魔法の軍団を創り、アーロン・バージヴァルを皇帝にしようとしている。
俺はそれらを分かりやすく、順を追って滔々《とうとう》と話した。そして、最後にこう結んだ。もし、あなたの申し開きが聞き届けられず、裁判にかけられるようなら迷わず決闘裁判を宣言すればいい。俺が代決闘士を引受ける。
イーデンは言葉を挟まずにずっと黙って聞いていた。話し終わっても、気力ない表情は変わっていない。俺はイーデンの言葉を待った。イーデンは少し考え込んで、ようやく口を開いた。
「すまなかった」
よかった。自分が間違った選択をしていると理解したようだ。分からず屋じゃなく、頑固者ならば自分が納得できれば考えも変えるはずだ。もう問題はない。
「だが、わたしは殿下と一緒には行けない。皇帝になら殿下がなればいい。その後辞して共和制にするもいいし、そのまま帝国を治めるのもいい。殿下の思うようになされよ。殿下にはその資格があると見受けられる」
はぁ? 妻子はどうするんだ。
「皇帝はともかく、なぜ来ない。婦人もアリスも待ってる。あなたのためだけに言っているのではない。彼女たちのためでもある」
どうしてもダブってしまう、妻の杏と娘の里紗に。
「だめだ。わたしには行けない理由がある」
ここまで言ってまだ曲げないと言うのだな。逆に訊きたい。妻子以外にどんな理由がある。
「陛下か? 陛下なら何とかなる。リーマンが陛下に皇帝の件を進言するのなら、俺が絶対不可欠だ。エリノアとも溝が出来ていると聞く。今がいいチャンスだ。リーマンがダメだというなら俺の方で陛下に話を通す」
「だから、行けないのだ。わたしは不死の魔法を唱えてしまった」
「不死の?」
だからか。
それで死のうとしていた。うかつだった。よくよく考えれば、魔法を三つまで使ってどうにもならなかったあの局面で、四つ目を出さないなんてあり得ない。イーデンは俺に敵わないとみて最後の一つ、不死の魔法を発動させようとしていたんだ。
ガリオンの竜王は死霊使いだという。不死者となった者を虜にする。不死の魔法が発動すると不死のドラゴンが迎えに来て、永遠にガリオンの竜王に使役される。
不死といえども魔法な訳だから、俺が触れれば解除は出来よう。雷の蛇も魔法剣も解除したのがいい例だ。だが、不死のドラゴンが来るかどうかは分からない。
来るとすれば、ガリオンの竜王の手下だから賢いドラゴンに決まっている。もし、ここに現れたら大惨事だった。婦人もアリスもその光景を見ることになろう。彼女たちも生きてはいられない。
危なかった。イーデンがタガーを喉元に突き付けた時、リーマンがもしこの場にいたならと思うとぞっとする。好きにさせとけ、とか言い出しかねなかった。
死のうとするイーデンをほっぽいてカールの捜索でも始めれば、間違いなく不死のドラゴンがここに来ていた。戦いに関して、リーマンが役立たずで良かった。
「だが、なぜ」
「魔法が使えるわたしがここに立て籠もれば、必ず魔法が使える誰かが来る。戦い続ければいつかはアーロンが姿を現す。刺し違えるつもりだった。だが、今となっては悔やまれる。もしそれが成功したとしても妻子は疎まれる。こうなった以上、わたしはもう妻子に合せる顔がない。どこか人がいない島にでも行こう。わたしが死ねば不死のドラゴンが迎えに来る」
イーデンは小さな笑みを漏らした。悲しみが滲み出ている。まさしく自虐の笑み。
「心配はいらない。あなたが死ねば魔法が発動するのでしょ。その時すぐに、俺がその忌まわしい魔法を消し去ればいい」
イーデンは、はっとした。ローラムの竜王に与えられた俺のスキルを思い出したのだ。くくくっと笑った。
「ならば、わたしは殿下の御そばで一生お仕えせねばなるまい」
「そういうことに、なるのか?」
言ったそばから俺は自分の言葉の意味を知った。
「そういうことか。いや、そういうことになるな。俺は問題ないが、イーデン殿は王家を離れたといえども陛下の弟で俺から見たら年長者。俺に突き従うなんて無理がある」
「いえいえ、笑ったのは自分の愚かさと運命にです。そうであればわたしとしても本望。殿下の盾となり剣となりましょう」
☆
俺はイーデン・アンダーソンと屋敷を出た。石壁の門扉を抜け、小麦畑に通された道を二人肩を並べて歩く。すでに地雷は消えていた。アンダーソン邸を取り巻く多くの将兵は俺が勝ったと確信し、歓喜の声を上げる。
リーマン・バージヴァルはご満悦だった。いや、本心から喜んでいたわけではあるまい。将兵の手前ということもあった。そもそもが俺たちの他にカール・バージヴァルの姿が無かったのだ。
それでも、俺たちが近くまで行くと三度ほど小さく手を叩いて、近寄ると俺に握手を求めて来た。だが、やはり目は笑っていない。イーデンは罪人という風でもなく、怒りや憎しみも感じられない。ごく自然に俺のそばに立っている。
怪我らしい怪我もしていない。戦いらしい戦いもなく、カールは未だ健在で、屋敷にいる。イーデンを味方につけただけでも良しとするか、と、まぁその程度にリーマンは思っているのだろ。案の定、言った。
「あとはカールを残すのみですな」
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