第069話 雷の大蛇
柱の数からざっと見て三十体はいる。強化外骨格のフライホイールが回転数を増していた。強烈な磁場も生まれているようだ。もし、イーデンと戦いになったとしても背中のヒートステッキも腰のブラスターもエネルギー切れの心配はない。
とはいえ、これだけの雷の大蛇が野に放たれれば兵の被害は甚大だ。カールもいるだろうし、全ては対処しきれない。
俺はロビーを進み、イーデン・アンダーソンの前に立った。
「キース・バージヴァルです。イーデン・アンダーソン殿とお見受けしますが」
イーデンは髪は薄く、もみあげから口の周りにブロンドの髭をたくわえている。黒のプレートアーマーを着込み、腰にはロングソード、左手にはアーメットヘルムがあった。武人のようでもあり、悩める哲学者のようでもある。チャラチャラしたリーマンとは真逆で、兄弟とは思えない。
「誰が来るかと思えば、殿下ですか」
イーデンは露骨に嫌悪感を見せた。俺は悪童キース・バージヴァル。表情にあざけりもにじませている。
「竜王との契約が済んだばかりだと聞きます。もしかして地雷対策に殿下は魔法を一枠使いましたのかな」
「いえ。魔法は使っておりません。ただ、歩いてきました」
予想外の返答にイーデンは一瞬言葉に詰まる。言い返す言葉が見つからなかったようだ。ばかっぱなしを振っといて、勝手に本題に戻される。
「なんにしろ、わざわざ来ては頂いたが、残念ですな、殿下。カールはここへは来ていない」
ロビーにはイーデンのみであった。広い屋敷のどこかにかくまわれていると思ったが、イーデンがいないと言えばそうなのだろう。一目見て分かった。こいつは嘘をつくような男ではない。
居ないとなればカールのやつめ、いったいどこに行きやがったんだ。
「今からでも遅くはありません。陛下に申し開きを」
カールが居ないなら居ないとアーロンに、はっきりと言えばいいんだ。悪いのは王都の連中だ。俺を問答無用に牢屋にぶちこんだうえ、カールはイーデンと一緒にいると勝手に決めつけた。俺もカールも殺す気なのは明らかだった。呼ばれたからってイーデンがのこのこと王都に来ようか。
いや、もしかして、王都の連中はこの状況を画策していたのかもしれない。狙いは王家の仲違い。力を削ぐこと。エリノアならそれも有り得る。
「信用なりませぬな。殿下は裁判にかけられたのでしょう。ここに来られたということは、大方わたしを売った。王都に連れて来るとか言ったのでしょう」
タイミングとしてはそう思うよな。帰還式の騒動の後で屋敷に立て籠もっている。それにイーデンは放蕩三昧の悪童キースしか知らない。決闘裁判で無罪を勝ち取ったなんて夢にも思ってないだろう。
「裁判は正々堂々と受けたさ。そして、俺はアーロン王に勝った。決闘裁判に持ち込み、それで無罪となった」
イーデンは鼻で笑った。
「面白いことを言う。誰に勝ったのです。アーロン王との決闘裁判であれば、相手は王室専属の代決闘士。勲功爵代決闘士と呼ばれる王国最高の戦士が相手となる」
「サー・チャドラーと呼ばれる男だ」
「神の手アレクシス・チャドラーですか。して、殿下の代決闘士は?」
「俺の代決闘士には誰も手を上げなかった」
イーデンの眉間に深い皺が刻まれた。目がカッと見開く。
「どの口が言う、若造が!」
イーデンは俺におちょくられていると思っている。もう我慢の限界のようだ。ピリピリとする緊張感がロビー全体に広がった。
「王族と思って黙って聞いてやったのだ! 愚弄するのもほどがある! それになんだ、そのなりは! それで誰と戦おうとしている? 今の流行りか? 大人を舐めるのもいい加減にしろ!」
パワード・エクソスケルトン、別名・強化外骨格。やはりこの世界では受け入れてもらえぬな。イーデンの怒りはまだ続く。
「しかも、私相手に武器も持たず手ぶらで来よって! それともなにか? 殿下は魔法がお得意か!」
ちゃんと武器はある。ヒートステッキにブラスター。十分だろ。
「まぁ、よい」
雰囲気が変わった。イーデンがアーメットヘルムを被る。
「殿下がその気がなかっても、わたしは容赦せん。悪いが殿下から血祭りに上げさせてもらう」
そうなるかぁ。やっぱ、そうなるわなぁ。さて、どうしたものか。
「まずは殿下、我が地雷を抜けてきたその自慢の魔法でも見せて頂こうか」
そう言うと一体の雷の大蛇がバチバチと不気味な音を立て、柱を螺旋に巻きながら床に降り立つ。幾つものスパークを起こしつつ、大理石の床をするすると蛇行すると俺の前で鎌首をもたげる。
丸呑みにしようかというほどの大口。まるで生きているようだ。ネズミに食らい付く蛇のように雷の大蛇は俺に覆いかぶさって来た。飲み込まれたら一巻の終わりだ。
と普通なら思う。所詮魔法の産物。俺の前で雷の大蛇は、存在していなかったかのようにフッと消え去る。
イーデンは呆気に取られている。信じられないような顔つきでそれを見ていた。俺はまだ魔法を発動させていない。っていうか、俺はまだ魔法を何一つ覚えていない。
イーデンには理解不能だったらしい。今度は三体、一挙に俺を襲わせた。当然、俺は突っ立ったままで、結果は同じだった。さらにイーデンは性懲りもなく次々と、雷の大蛇を俺に向かわせる。
イーデンとはこれまで話が全くかみ合っていなかった。アーロン王が俺を差し向けたのによっぽど我慢がならなかったのだろう。イーデンの気の済むまで好きにさせようと思う。俺は床に腰を下ろした。
しばらくして、何もしていない俺に対して全ての蛇は消え去った。イーデンは眉を逆立て歯ぎしりをし、悔しさに耐えている。俺は敢えて表情は造らず、ただイーデンを見つめた。
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