第068話 地雷
もし、俺とカールの話し合いが決裂したとしよう。間違いなく戦いとなる。カールの魔法は未知数だ。一つ分かっているのは転移魔法。フィル・ロギンズによれば、触ったことのある物や人の所へ飛べるらしい。それ以外の魔法はまるで分っていない。
リーマン・バージヴァルは消える魔法と魔法探知の他に、自身の周りに竜巻を作る風魔法と、死ぬ間際に熱・光・音を発する魔法を持っているのだそうだ。風の壁は守りにもなり、攻めともなる。敵は風の壁を通り抜けられないし、もし、竜巻に飲み込まれたら切り刻まれてどこかに飛ばされてしまう。
死ぬ瞬間に発動する魔法は文字通り自爆魔法だ。すでに呪文は唱えられていて時が来れば発動する。ただし、この魔法には条件があるようだ。生命力が強ければ爆発の威力が増し、生命力が弱ければ小さな爆発となる。
暗殺などを恐れての、この能力なのだろう。リーマン・バージヴァルは寿命を全うしたいようだ。火葬の手間も省けよう。
フィル・ロギンズは、俺が王立騎士学院で貰った魔法の書を事細かく読んでいる。彼は文官だ。得意とするところだろう。すでにそら覚えもしているようだ。が、リーマンの考え、魔法は王国が一括管理するという話を俺に聞いてから、旅先であっても写しを取り始めた。魔法の書が国に召し上げられるのを見込んでのことだろう。
長々となったが、つまり、俺が言いたいことは、戦闘になればリーマンの魔法は使い物にならず俺頼みになるってことだ。雷使いのイーデンと未知数なカール。一対一ならともかく、いくらなんでも二人は対処しきれない。このどちらかが俺の手を離れ戦場に出られでもすれば、リーマンに将兵を助けることは期待できない。
是が非でも、カールを説得したいものだ。ネックはやはり、アーロン・バージヴァルを皇帝にするというところだろう。二人とも絶対に納得しないだろうし、俺もそうだ。話さないべきか。だが、あとで二人がこのことを知ったらもっと問題が大きくなってしまう。
俺は少し腹ごしらえし、天幕を出た。本営に立ち寄り、今からアンダーソン邸に行くとリーマンに告げる。机に座っていたリーマンはニヤリと笑って頷くと席を立ち、天幕を後にする。リーマンが俺の先を進み、俺の後ろからはカリム・サンやフィル・ロギンズ、そして、多くの将兵が続いた。
リーマンは根っからの参謀なのだろう。リーダーに従い、道をリーダーに示す。自分の欲は二の次だ。己の才知に自信があり、それが用いられることにこそ喜びを感じる。
そういうやつは歴史上にごまんといる。軍師と呼ばれる者達だ。謀を帷幕の中に運らし、千里の外に勝利を決す、と言わしめた軍師もいたそうだ。リーマンのやつがそれ程かは分からない。だが、一つ言えることはそういう妖しい輩に付き合わされている俺はたまったもんじゃないってことだ。
リーマンが立ち止った。
『レミスラ・スム』
ドラゴン語である。やはり赤い魔法陣が頭上に出来、それがリーマンの足元に向かって降りて来る。
「イーデンが施した魔法の類は古来より宮中で罠としてよく使われております。魔法陣をその場にとどめ、ある条件下でのみ発動するのですが、わたくしめは施された魔法陣を可視化させることができます。魔法陣といってもドラゴン語ですから、効果を知ることは我々王族にとって何でもないことです」
そう言ってリーマンは地面に手を付けた。
地面に赤い線が現れた。それは発光しつつ、黄金色の大地に大きくカーブを描いて走って行く。赤い線が進むにつれ、アンダーソン邸の反対側からもどよめきの声が上がった。
たちまち赤い線はアンダーソン邸をぐるっと一周廻って俺たちの前に戻って来る。大きな円が完成したかと思うとその円の中に所狭しと無数の魔法陣が姿を現した。
俺は躊躇なく無数の魔法陣の中を進んだ。触れた魔法陣は次々と消えていく。リーマンは満足したようだ。俺が振り向くたびにリーマンの顔には笑みがあった。
将兵の注目も浴びていた。円の中にいるのは俺一人だけだ。否が応でも視線が集まるってもんだ。俺は小麦畑を徐々に加速して行き、強化外骨格の力を借り、石壁をひとっ飛びに超えた。
着地すると植木の向こうに真っ直ぐ、石畳が見えた。門扉から屋敷の正面ロータリーへつながる道だ。地雷とよばれるイーデンの魔法陣はここでも張り巡らされており、その中を俺はひた走る。
俺は何のためにこんなことをやっているのか。この戦いを避けられたとしても、リーマンのあの口ぶりだ。俺たちはさらに大きな戦に駆り出されてしまう。ここで生き延びてもその先はないのかもしれない。
カールらを逃がし、俺も逃げてもいいくらいだ。が、タチの悪いことに、リーマンは国民に魔法を広く行き渡らせることに反対するどころか、エリノアと同じく賛成している。
シルヴィア・ロザンを法廷に引っ張り出したのもあった。ローラムの竜王の提言に双方が同じ賛成なら、俺はエリノアではなく、アーロン・バージヴァル側についてもいいと思っている。ただし、アーロンを皇帝になんてさせないがな。
玄関ドアは教会にあるような木製の大きなドアだった。それを開けた。中に入るとそこは正面に階段がある大きなロビー。パンテオンにあるような大きな柱も無数にある。その柱の向こうにイーデン・アンダーソンが立っていた。
目を細めるほどロビーは明るかった。シャンデリアの明かりではない。どの柱にも上の方に、金色に輝く大蛇が巻き付いている。
イーデンの魔法だ。光る大蛇は全身からバチバチと不規則に小さな雷を放っていた。
なるほどなと思った。普通、放たれた雷はステップを踏むようにジグザグに進むため、狙いをつけにくい。イーデンが選んだのは雷に意志を持たせ、思い通りに相手を攻撃する魔法だった。
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