第066話 秘密
紫ではなく赤い魔法陣だった。状態変化の魔法だろう。強化の類だ。結界やら転移やらの空間魔法ではない。
実際リーマンはここにいるし、相変わらず俺の周りをゆっくり移動している。結界魔法なら動けない。カエルのドラゴンがやっていた結界魔法は外から見えなかったが、そこからは動けなかった。
リーマンが腰のタガーを抜いた。消える魔法は、俺には通じなかった。リーマンはゆっくりと俺の周りを一周して、後ろから俺の喉元にタガーを突き付けた。
殺す気なのか。俺はアーロン王のためにならない。俺を敵だと判断した。
「やるのか。だったら受けて立つが」
リーマンはタガーを下ろすとゆっくりと俺の前に回り込んだ。魔法が解かれる。顔に笑みが浮かんでいた。
「失礼をお許しください。確かにあなたは魔法を使っていませんでした。ですが、わたくしめの動きをその目で追っていた。殿下は嘘をついていない。つまり、信用に足るということです。と、いうことはですね、帰還式であなた方が陛下に進言したローラムの竜王の申し出。あれは本当だったということになります」
「本当もなにも、陛下が勝手にぶち切れただけだろ。それともなにか? カールの無罪を認めるってことか」
「いいえ、それはありません。彼は無罪を証明せずに逃げました。それも陛下からです。ですが、あなたは別です。神々があなたの無罪を証明しました。そもそも決闘裁判というのは人では判断がつかなかったことを神にゆだねるというものです。わたくしめの言いたいことはつまり、ローラムの竜王の申し出をわが国は受けるべきだということです」
こいつ、意外だな。案外話が分かるやつかもしれない。それとも別の意図があるというのか。
「あんたら王家は困るんじゃないのか」
「あんたら王家? 他人行儀なのですね」
いっけねぇ。俺はキース・バージヴァルという設定だった。
「あんたらとは他の王族を含め、エンドガーデンの実権を握っている者たちのことだ。俺には実権がねぇ。王族でありながら裁判にかけられる始末だしな。そんなことより、どうするんだ。誰もが魔法を使うとなるとあんたらは今まで通りふんぞり返ってはいられないぞ」
「ご心配なく。別にそんなこと、どうにでもなりますよ。要は魔法の管理を我々がすれば良いってことでしょ。陛下の承認がなければローラムの竜王と契約できない。呪文は自分では選べない。陛下がその者にあった物を授ける。さらに言うと、使用は陛下の許可がいる。法を定め、破ればもちろん厳罰です」
なるほど。それは考えてもみなかった。
「陛下は聞く耳を持つのか」
「わたしめの秘密をお教えしましょうか、と先ほど申しましたはずです」
「ああ、言った。おまえの魔法のことじゃなかったのか?」
「ご冗談を」
もちろん、両刀使いってことではないだろう。
「じゃぁ、あんたが陛下の手先ってことか?」
「いいえ、正確に言うなら陛下はわたくしめの言葉しかお聞きになりません。なぜならば、わたくしめは陛下御自らが任じた参謀なのです。幼少の頃より陛下に忠誠を誓っておりました。陛下もわたくしめをご寵愛してくださった。世間では誤解があるのでしょうが、わたくしめは情報屋ごときではございません」
王になる手助けをした。いや、それどころではない。秘密………。
アーロンとこいつは格別な関係であった。こいつの自信とこのいいぶりは暗にそのことを物語っている。アーロン王は執政デューク・デルフォードなんて目じゃない。実質の右腕はこいつだった。
デルフォードがキースのことを諫言しても聞く耳を持たなかったという。すでにリーマンとは相談済だった。だから、誰が何を言おうともアーロン王の反応が薄かったんだ。教会にキースが取り込まれていた件もそう。
「もし、殿下がローラムの竜王の申し出を遂行できなかったとしましょう。ローラムの竜王は他の者を探します。エンドガーデンの他の四王家で近々十八となる男子は三人。順にソルキア、タァオフゥア、ゼーテです。そのうち誰かに、ローラムの竜王が殿下に頼んだことと一緒のことを言ったとしましょう。そして、その誰かがローラムの竜王の申し出を成し遂げたとしましょう。我が国はたちまち遅れをとる」
なるほど。視点を変えればそういう見方もできるって訳か。実際、ローラムの竜王はそんなことはしないだろうが。
「それならそれでいいじゃないか」
面白い。リーマンの話に乗ってみるか。
「現に、陛下のやったことは魔法の権利を他国に譲ったと同じだしな」
「ごもっとも。それはわたくしめのミスです。カールが舞い戻って来て、しかも、あのようなことを公の面前で言うとは思いもよらなかった。恥ずかしながらカッとしてしまいました。本来ならわたくしめが真偽を確かめなければいけなかった。殿下が陛下の魔法を退けたにもかかわらずです。決闘裁判で殿下が勝利を収めたと聞いた時、ようやく目が覚めました。カールが陛下の前で言った荒唐無稽な殿下の英雄譚、あれは真実だったと。その殿下を、わたくしめは殺そうなぞと、今になって自分がやろうとしたことにぞっと致します」
それを俺に言うか。しかも、カールを殺せとこいつがアーロン王をそそのかしたようにも聞こえる。裁判の手続きをしたのもこいつなのだろう。議会も教会も、大臣らもこいつも、さんざんなやつらだ。それでもってアーロン王。物言わぬ感じからただの木偶の棒に思えて来た。
いや、リーマンもカッとしたようだがアーロン王もあの時、確かにキレていた。リーマンは自分の陰謀が上手くいかなかったので腹が立ったようだが、アーロン王はそういうのと違っているように思える。
「裁判でエリノア妃殿下の化けの皮が剥がれたことですし、バージヴァルはいまこそ一つにならなければなりません。恐れながらわたくしめの独断で、殿下の進退を陛下に進言させて頂きました」
俺がここにいるのはこいつのせいか。しかし、笑える。こいつもエリノアにしてやられたクチか。
「だったら、軍をひき上げろ。この戦に大義はない」
「面白かった!」
「続きが気になる。読みたい!」
「今後どうなるの!」
と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。