第064話 誤解
デューク・デルフォードの説明によると、裁判をひっくり返した智謀と腕っぷし、魔法防御能力を、俺はアーロン王に買われた。考え直さねばならぬな、と言ったそうだ。
ホントか嘘か、ただハッキリしていることは背に腹は代えられないってことだ。俺までもイーデン側に寝返ったら目も当てられないのだ。
アーロン王にとって俺を味方にすることは大きな賭けであったはずだ。何しろキースの見送る会にも出ていないんだ。魔法で殺そうともしたし、裁こうともした。しかも、それをやってたやつっていうのが実の父親っていう。キースでなくとも反抗したくもなる。
とはいえ、俺の方もアーロン王に貸しを与えるチャンスでもある。ローラムの竜王との約束をやり遂げなければならない。
実は、決闘裁判が終わって無罪が確定した時、俺は王族を辞めることも考えていた。だが、エンドガーデン全土を見渡してみると王族であった方がなんだかんだで得のような気がした。
他国の王族を説得しなければならない。国内の市民から草の根的に運動を広げ、エンドガーデン全土に行き渡らせていくのも悪くはないが、雲を掴むような話でどこから手を付けてよいのやら皆目見当がつかない。議会も敵のようなもんだしな。
面倒くさいこともあろうが、王族を続ける。そんな風に考えていたところにデューク・デルフォードが現れた。早速面倒が降りかかってきたというわけだ。
一発殴ってやりたいとは思っていた。だが、やつの調子よさに出鼻をくじかれたかっこうだ。
イーデン・アンダーソンの妻子は俺の予想通り、議会に裏切られ、潜伏先で捕まっていた。逃亡に手助けしていた者が憲兵に知らせたという。信じていた者の裏切りは殊の外こたえたはずだ。
イーデンの妻はソフィア、娘はアリスと言った。ソフィアは王家から枝分かれた由緒ある家の出で、プラチナブロンドの気品ある女である。アリスは遺伝なのだろう、キースや前王アンドリューと同じく金髪碧眼だった。
歳はキースと近かい。二つ下で、将来が楽しみな美少女だ。おっさん目線で言うのもなんだが、キースと並ばせてみたい。見た目だけで言うなら、二人はお似合いのカップルだ。
移動中、馬車で揺られるのは俺とこの二人だけだった。カリム・サンもフィル・ロギンズも馬上にいてこの馬車を守っている。アーロン王から与えられた近衛騎士やその他の兵も引き連れていた。
ウォーレン州は国土のほぼ中央にあり、州都ヒッチコックまでは四百キロほどの距離がある。俺たちはその行程を八日かけて走破する。
対面に座って、一日中彼女たちを見るのは辛かった。どうしても妻の杏と娘の里紗がダブってしまう。
顔色は二人ともやつれていて、そのうえ肌も血の気がなく土色で、疲れているのは明らかだった。表情も蝋人形のように固く、もう考えることを止めたのであろう。感情が全く読み取れない。彼女たちは未来を諦めている。
昨晩、ブルーレイクというウォーレン州の都市に宿泊した。都市は州兵で埋め尽くされていて、すでに厳戒態勢が敷かれている。
我々がそこで馬を休めることを街では周知がなされていて、州兵はソフィアら奪取を目論む輩を警戒していた。
ソフィアらとしてみれば、助けが来ることを期待していたのだろう。イーデンは国民のために国王の矢面に立ったのだ。恩に報いようという者が絶対にいるはずだ。だが、何も起こらなかった。州兵らは進んで国軍に協力し、逆らうどころかソフィアらに冷たく当たった。
ソフィアらは絶望したに違いない。夫がどれだけ国民に尽くしたのかと憤ってもいただろう。俺が護送役を引き受けたのもショックだったと思う。彼女らはカールの出奔で煽りを食らい、議会にも裏切られた。目の前にいる男は自分たちと同じ境遇であるにもかかわらず、アーロン王に従っている。
もしや助けてくれるのではないか、と淡い期待を抱いていたのかもしれない。それなのに何もアクションを起こさない。彼女らにとって俺は、裏切り者なんだ。
得てして人生というのはそういう誤解が付きものだ。そもそも俺はカールの味方だった訳ではない。つるんではいたが、俺はカールに騙されたクチなんだ。
それに、国民から見ればイーデン・アンダーソンも所詮は特権階級。むしろ、権力争いに国民生活を巻き込んで貰いたくないと大半の国民が思っている。
大多数の人々がぎりぎりの生活をしているんだ。戦にでもなったら目も当てられない。百歩譲って、すでに壊れてしまった生活を元に戻そうっていうんなら人々は立ち上がりもしよう。世の中っていうのはそういうもんだ。
きれごとでは人々は動かない。だが、それは俺にも言えることだ。いくら国難だと市井で叫んだとしても、日々の糧に奔走する人々の足を止めることなぞできない。イーデンは共和制を望んで活動していたと聞く。
彼女たちを見ていると王族に残った俺の判断は間違いではなかったと思える。災難が降りかかっていないのにいくら市井で危機を訴えたとしても馬鹿にされるのがオチなのだ。
夕暮れ、目的地にほど近い州都ヒッチコックに入った。ここも街の出入りは州兵に厳しく監視されていた。市街地でもブルーレイクと同じく厳戒態勢が敷かれている。
俺たちはそのヒッチコックを通り過ぎ、郊外のアンダーソン邸に向かう。ウォーレン州はメレフィス国有数の穀倉地帯である。見渡す限り小麦畑が広がっていて、街道は黄金の平原の中を真っ直ぐに延びていた。
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