第063話 護送
沸々と怒りが湧き上がってきた。俺はグレートソードを闘技場に刺す。そして、こぶしを握ってファイティングポーズを取った。恥をかかされ茫然自失だったチャドラーは、素手でやろうという俺の挑発に我に返り、逆上した。
小僧がぁぁぁ、と殴りかかって来た。強烈な右ストレートだったが、俺はそれを手の平で受け止める。
仮にも俺は王子である。いや、その前におやじだ。小僧はないだろ。俺は勲功爵代決闘士様のこぶしを強く握って離さず、がら空きの腹めがけて拳の一撃をくれてやった。
チャドラーの動きが止まった。前かがみに頭を垂らし、俺に向かって体を預けてくる。俺はチャドラーを受け止めず、代わりにその顎に拳をお見舞いした。
防御もなく、俺の拳をもろに食らったチャドラーはのけ反り、フワッと脱力する。大木が倒れるようにそのまま後ろに倒れていった。
大の字のチャドラー。観客席の殺せコールはテンポを上げていく。まるで俺に命じているようだ。どうしても死人を見たいのだ。
そんなに死人が見たいか!
俺は意識を失っているチャドラーを持ち上げた。ウエイトリフティングの要領で高々と頭上に掲げると観客席に放り込んでやった。そして、今まで俺を拘束していたマスクのバンドを両の手で握ると思いっきり引きちぎってやった。
「そんなに死人が見たいなら、自分たちでやるんだな!」
何もしない、何もできないくせに俺にやらそうとしやがって。俺はマスクを観客席に投げ込んだ。そして、貴賓席の前に行く。デルフォードがわなわなと怒りに震えていた。
このざまをよーく見てみろ! 何一つ、おまえの思い通りなんかにはならないんだよ!
「俺は無罪ってことでいいんだな! デルフォード!」
デルフォードはあまりの怒りで言葉が出ないようだ。全く返事がない。額に青筋を立てている。
「聞いてんのか! デルフォード! 俺は無罪だな!」
まだ答えない。デルフォードは拳を膝の下で固く握っていた。
「反論がないということは無罪を認めたってことになるぞ、さぁどうする! デルフォード!」
デルフォードは、ぐぎぎぎと顔をしかめていく。カッと目を見開いたかと思うとやっと言葉を吐いた。
「どちらかが死ぬまで判決は下されない!」
性懲りもなくまだ言うか、こいつ。よし、分かった。
「だったら別の代決闘士をここによこせ! 今すぐにだ!」
この国で最高の戦士がこともなく倒されたのだ。もうどうも出来なかろう。デルフォードはぶるぶると震えた拳を高々と振り上げたと思うと奇声を上げてその拳を宙に落とした。
そうだ。分かったのならいい。おまえのやれることといえばもう、己の腕を虚空に振るだけ。
観客はというと混乱していた。スタディオンを去る者や塀を乗り越えて俺に向かって来る者、賭けをしていたのであろう紙屑が舞い、所々で喧嘩も始まっていた。罵倒や奇声が飛び交う中、俺は人を払いつつ通路に向かった。
入り口の前でカリム・サンら二人が俺を待っていた。だが、表情に喜びの色は微塵もない。呆然というよりは、心ここにあらずといった風である。
「帰ろう」
そう言うと二人ははっとし、ひざまずいた。王にでもする様にうやうやしく頭を垂れる。多くの人で溢れ返ったフィールドに大勢の近衛騎士や衛兵が雪崩れ込んで来る。
「急ごう。混乱に巻き込まれる」
剣がぶつかり合う音に、乱れた足音。砂埃舞うスタディオンを、俺たち三人は後にした。
☆
俺は馬車で移動中だった。イーデン・アンダーソンの妻子をウォーレン州に護送する任務を負っていた。決闘裁判が終わった次の日、執政デューク・デルフォードが俺の部屋にやって来たのだ。
やつは人が変わったように俺に接して来た。裁判で俺を糾弾していたことなぞやつの中では無かったことになっている。あまりに普通に接してくるので、こっちも毒気を抜かれた。
なんにしろ、変わり身が早いというのは政治家の資質があるということだ。実際に行政の最高責任者に上り詰めている。そこまでになる間、入れ代わり立ち代わり多くの上司と接していたはずだ。
対立していた者が自分の上司になるということもあったろう。攻撃していた派閥の者が上司になるってこともあったはずだ。それでもやつはそんな上司らと上手くやった。
やつはアーロン王の命令を俺に伝えにやって来た。ウォーレン州ヒッチコック郊外にイーデン・アンダーソンの私邸がある。国軍が包囲しているが、国家反逆罪の容疑者二人をそこに護送せよというのだ。
それだけではない。俺は国軍の副司令官に任命された。司令官リーマン・バージヴァルの補佐役だ。確かに、リーマン・バージヴァルだけでは心許ない。カール・バージヴァルがイーデン・アンダーソンといるとなれば、魔法が使えるという点においては一対二。国軍が不利である。
しかも、カール・バージヴァルの能力は未知数だ。帰還式の時、転移魔法を使った。分かっているのはただそれだけである。
他の魔法が分からないうえ、転移魔法というのも厄介だ。いざ、捕まえようとした瞬間、消えてなくなってしまう。確実にカールを捕らえるには魔法を封じなければならない。
カールが投降すればそれが一番いい。そのためにイーデンの妻子を利用するのだろうが、イーデンの言うことを素直に聞くカールだろうか。あるいは、イーデンとカールは衝突し、戦いになるかもしれない。
イーデンとカールが一緒に玉砕覚悟で国軍と戦う可能性だって無きにしも非ずだ。色んなケースを想定するのであればやはり、リーマン・バージヴァルだけでは力不足。イーデンは雷の使い手だと噂される。
アーロン王は鉄の王だ。帰還式で見せた魔法でも分かるように金属の属性を多用する魔法の使い手である。イーデンは雷だからお互い相性はいい。だが、敵対するとなればアーロン王は不利である。
イーデンは、そういう考えもあって雷の使い手となったのであろう。四つ習得できる魔法はほぼ雷に関連する魔法と見ていい。対するリーマン・バージヴァルはどうか。
やつは自分の能力を隠そうともしない。公然の秘密となっている。聞くところによれば、使える枠の内二つは、魔法探知と姿が見えなくなる魔法だ。アーロン王のためにその二つを捧げたという。
つまり、やつはアーロン王の諜報部員みたいなものだ。人を欺き、秘密を探るようなやつにイーデンは耳を傾けようか。わざわざイーデンの妻子をイーデンが立て籠もる屋敷に護送する。端から信用されないのに交渉なぞ出来まい。
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