第030話 言霊
ワイバーンが飛んでいた。恐ろしい金切り声と、風を切る翼音をあたりに響かせ、北西の方角へ飛んで行く。
カールによるとドラゴンはどうやって生まれるのか分からない。鳥のような卵なのか、カエルのような卵なのか。俺はそもそも卵というのも疑わしいと思っている。賢いドラゴンは世界樹に張り付きっぱなしなのだ。
物証もなく、論理が飛躍し過ぎてただの空想になってしまうのだが、生殖活動は行っていないのではないかと考える。はぐれドラゴンなぞは同族であろうとなかろうと動くものは何でもかぶりつく。
もし生殖活動がないとして、今さっき上空を飛んで行ったワイバーンがなぜ鳴いているのか。メスを探している訳でもないし、縄張りを主張している訳でもない。
腹を空かせ獲物を狙っているのなら尚更だ。あんなに騒げば獲物を見つけるどころか逃げられてしまう。おそらくは世界樹を得ることが出来なかった怒りだけがやつらを突き動かしている。
ともかく、俺は大きな岩の下に小さくなって身を隠している。ラキラ・ハウルとちっこいドラゴンも一緒だ。ワイバーンが空を通るたんびに俺たちは岩の陰に隠れていた。
思う様に先には進めていない。もう日没も近い。そろそろ野営も考えなければならなかった。ここは見渡す限り石や岩の荒野だ。今日のところは進むのを諦めて、どこか身を隠せる場所を探さなくてはならない。
空を飛ぶワイバーンがうっとうしくて移動の最中、ラキラ・ハウルに問いただした。ドラゴンと意思疎通が出来るのなら、一々隠れる必要もあるまい。彼女曰く、どのドラゴンにも声は掛けている。要は、相手に聞こえるかどうか。
聞こえないということも考えて、まずは身を隠すのだという。なるほどとは思う。
灰色のドラゴンに首を引きちぎられた赤いワイバーンは、何十匹も集まって来たはぐれドラゴンの内、たった一匹だけだった。
なんで赤いのだけがあの場に留まっていたのか、なんで一目散にこっちに向かって来たのか。あれはラキラ・ハウルの声に応えた結果だそうだ。俺の言いたいことは、あれだけ集まって来てたった一匹だけだったということだ。
「ここで野営しましょう」
突然、ラキラ・ハウルが足を止めた。ここって、ここですか。
標高が高いのもあってここは夏を過ぎれば雪が積もるのだろう。身を隠せるような大きな木は一本も生えていない。
確かに視界を遮るものは何もない。見晴らしはよかったが、逆に隠れられるような大きな岩がない。ここに来る途中、もうちょっとましな所があったはずだ。見渡す限りゴロゴロした石ばかり。
その石を、ラキラはひとっところに集めて囲炉裏を造りだした。もちろん、俺も手伝った。何か考えがあるのは分かる。相手はうら若き乙女だと言ってもシーカーの王だ。
俺達の頭の上に紫色の魔法陣が現れた。直径は五メートルある。それがゆっくりと降りてきて俺たちの体を通り過ぎ、地面に消えた。
「結界が張られたわ。この円の外からは私たちを見ることは出来ないし、入って来ることもできない」
はぁ? つまり、ローラムの竜王がヘルナデス山脈に施した魔法の壁の小さい版か。あるいはロード・オブ・ザ・ロード。だが、それをこのちっこいドラゴンが?
「ちょっと待て。こんなことが出来るなら、はじめっからこうすればよかったんじゃぁないのか。こいつだってカールに世界樹を盗られずにすんだ」
「いいえ。いま私が教えたの」
「教えた? 魔法を教えることが出来るのか」
「いや、そういうのじゃなくて」
「じゃあ、なんなんだ」
ラキラは石を積む手を止めた。
「あなた達がいう魔法は頭にあるイメージが具現化されたものなの。魔法陣はイメージの表明。こうした言って言葉に出せば頭の中のイメージが固まるでしょ。あれと同じ。魔法陣が魔法を生み出すわけじゃないの」
カールは魔法陣が魔法を生み出すって言っていたが。
「魔法は本人の頭が生み出したもの。魔法陣は例えるなら呼び水」
ドラゴン語というだけあって、言霊のようなものってわけか。このちっこいドラゴンが火の玉を出したのも、カールのことがよっぽど頭に来たんだろうな。カールが燃えて灰になっているのでも想像したか。
「他人からでも魔法陣を造った者のイメージが読み取れるわ。ドラゴンと会話が成り立つのはそのためよ。イメージを解してってこと」
一人と一匹は上手くやっているようだ。はぐれドラゴンになる気配すらない。ちっこいドラゴンはラキラの頭の上に乗っている。まるで巣にいる雛のようだ。
「つまり、君は魔法陣を使わなくともお得意の霊感で、結界というもののイメージをこのちっこいドラゴンに伝えられるってわけだ」
「霊感かどうかは分からない。でも、そういうこと」
カエルのやつもラキラに懐いている。まさかとは思うが。
「伝えられるっていうことは、君はそういう魔法を知っている、見たことがあるってことだ。つまり、君は賢いドラゴンのことをよく知っている。俺が言う知っているってぇのは、見知っているっていう意味じゃない。おそらくはこんなこと、賢いドラゴンは普通にやっていることなんだろ。それを魔法も使えない君が、このちっこいドラゴンに伝えられるということはだ、知り合いどころか君には賢いドラゴンの友人がいる」
ラキラ・ハウルは朗らかに笑った。
「やっぱり噂は信用できないものね。実際会ってみるとまるっきり違う」
そいつぁ俺も同感だ。何が武装集団だ。俺がカールから聞いているシーカーとまるっきり違うじゃないか。こいつらはドラゴンとマジ共生している。
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