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最終話 悠久の時を越えて

ちくりと、腕に痛みを感じた。


医療ポットのようだ。腕に注射器が刺さっている。注射器は小さなアームの先端にあり、中にある青い液体が注入されていく。やがて青い液体が無くなるとアームは折りたたまれて計器が並ぶ縁に収納された。


光に包まれていた。やわらかいクッションの上に、俺は手足をリラックスした姿勢で、仰向けに横たわっている。


ただし、これには医療ポットのような覗き窓はない。上半分全てがガラス張りであり、ごつい蓋はなかった。


ポッドというよりカプセルである。上半分のガラスが腰の辺りの位置で裂けた。上下にゆっくりと観音開きに開く。上半身を起こした。見渡す限りカプセルの列。そして、その全てが支柱のような形の機械に繋がっていた。


これは医療ポットではない。コールドスリープ。


帰って来た………。だが、なぜ。


望んだ死に様だった。


吹っ切れたんじゃなかったのか。俺はあの世に行ったはず。


胃がねじれた。拒絶反応はもう無い。おそらくは長期間のコールドスリープの副作用だ。エチケットルームに駆け込む。広いスペースが長い壁によって幾つかに区分されていた。壁には等間隔で鏡と洗面台が設置されている。


誰も居ず、鏡と洗面台は選びたい放題だった。が、俺にはその余裕はない。手近な洗面台に飛び込むと突っ伏し、ゲーゲー履く。やがてそれが収まると蛇口から水をすくって一口のどを潤す。


鏡に映る男。


黒髪で五十手前。黒い瞳の東洋人。


鏡の男が俺を見つめている。唇が小刻みに震えていた。何か言いたげだった。黄色の肌の頬に、なぜか涙が一粒伝つたっている。


夢で繰り返されるアヴェ・マリア。俺の魂が救いを求めていたのか。あるいは、あんが俺の魂を救おうと願っていたのか。


「神楽仁様。ご帰還、おめでとうございます」


ラグナロクのAIレベッカだ。俺は水をすくって顔をぬぐった。レベッカには二度も命を救われた。


「ありがとう。礼を言う」


「お気遣いなさらずに。全て見させて頂きました」


やはりパワード・エクソスケルトンのヘルメット。あれを通して全て見ていた。惑星シールドがもうないのは知るところだろう。


「コールドスリープ解除のタイミングも、パワード・エクソスケルトンの信号を絶えず観察していましたので」


そういうことか。俺は己を奮い立たせるために自身のIDを言っていた。レベッカはIDを持つ者全ての命を守る責任がある。キース・バージヴァルから放たれた俺の魂を逃がさないよう絶妙なタイミングで、レベッカは俺のコールドスリープを解除した。


鏡に映る男は何とも言えない笑みをこぼしていた。ほっとしているようでいて、悲しげでもある。


俺はラキラ・ハウルやカリム・サンたちをほっぽりなげてアナナマスと対峙した。あの時はそれで精一杯だった。だが、今の俺には彼らを助けるだけの力がある。


「早速だが、レベッカ。乗員の状態を教えてくれ」


13ブロックは惑星シールドのごとくな魔法に二千年もの間、パイリダエーザへの侵入を阻まれていた。計画通りその間乗員は眠っている。


「良好です。乗員全て健康状態は保たれています」


良かった。一万人は無事だった。


「13ブロックは航行可能か」

「全機能はチェック済みです。不具合はすでにNR2ヴァルキリーが是正しました」


「パワードスーツ十機、パワード・エクソスケルトン二百機、ハンプティダンプティ五百体はどうだ」

「はい。もちろん、いつでも使える状態です」


「偵察衛星やキラー衛星は」

「はい。機能しております」


「君の方の状態は?」

「飛び立つのは不可能かと」


「申し訳ない。随分と長く待たせたな、レベッカ。システムエンジニアを向かわせよう。我々のドラゴンフライは使えるか」

「はい。いつでも」


「ミスティにも知らせておいてくれ。引っ越しだ。全機能をこの13ブロックに集約。その後、メインブリッジは破棄。ミスティも13ブロックに移動してくるようにと」

「了解しました」


俺はタオルで顔を拭った。エチケットルームを後にして長い通路を足早に進む。俺の部屋に入った。服を着替えるとブリッジに向かう。途中にリクリエーションルームがあり、陽気なアンドロイドのバーテンダーから挨拶された。


ブロックのブリッジは通常使われない。メインブリッジはすでにパイリダエーザに着陸している。扉の前にある虹彩認証をクリアし、ブリッジに入室する。


ブロック長席に座った。シートベルトを装着する。計器やモニターはすでに生きていた。


「これよりパイリダエーザに向かう。着陸地点はガレム湾の迷宮跡地」


粒子シールドが船体に展開された。


「着陸し次第、乗員のコールドスリープを解除。当面のミッションはヴァルファニル鋼の回収及びラグナロク全機能を13ブロックに集約。細菌・ウィルスに詳しい者が何人かいたはずだ。その者たちのリストも上げておいてくれ」


パイリダエーザで生きていくうえでヴァルファニル鋼は重要なアイテムになるはず。


それとアナナマスのウィルス。我々の技術を使ったという。白魔法だけで駆除は無理だろう。人類すべての脅威でもある。必ずや駆逐したいものだ。


「了解しました」


モニターにパイリダエーザが映し出されていた。地球に似た青い星。軌道制御用エンジンが作動した。衛星軌道から離脱し、楕円軌道に入る。


すでに地上で生活していた俺が言うのもなんだが、待ちに待ったパイリダエーザ着陸。


だが、その前に。


「レベッカ。確認させてくれ」

「どうぞ。なんなりと」


「では、問う。指揮命令系統で俺の順位はどの位置にある」

「はい。13ブロック長である神楽仁様が最上位かと」

「もし、俺が地上にあるハンプティダンプティとパワードスーツを今すぐ止めろと君に命じたなら?」

「はい。今すぐ停止いたします」

「オーケー。確認は以上だ」


二千年の帝国を築こうとした男、カール・バージヴァル―――。


やつも再会した時はただの人だな。アーロン王暗殺の罪はエリノア共々きっちりと償ってもらう。手助けした者たちも同様。さしずめ次の王はイーデンだな。メレフィス全土の悪党が泣いて喜ぶぞ。


「これより降下を開始します」


「よろしく頼む」


13ブロックは大気圏に突入した。姿勢制御用スラスターは良好のようだ。モニターには熱を帯びる粒子シールドが映し出されている。それも数分間、粒子シールドに続きスラスターも停止された。換わって四つのメインエンジンが作動する。モニター画面は厚い雲に占められていた。計器は地表まで一万メートル。雲が晴れた。青い海と緑の大地が画面一杯に映し出される。


「着陸地点に一般人一名。ミッションは継続されますか」


思わず笑みがこぼれた。


「別モニターに」


モニターに映る男。やはりハロルド・アバークロンビーだった。魔法陣を次々と地に展開していったかと思うとそこに、イーデン・アンダーソン、カリム・サン、フィル・ロギンズ、アビーとジーン、そして、ジャクリーン・ソーンダイクと続々と現れる。


カールのおかげで彼らはすでに自分たちが接していたキース・バージヴァルが異世界人だと知っている。


「七名の一般人を確認」


召喚魔法、だな。


彼らは普段から通信魔法で連絡のやり取りをしていたに違いない。それにしてもカール・バージヴァル。馬鹿なやつだ。いくら頭に来たからってわざわざ謁見の間からリモートするとはな。


「構わない。予定通りそこに着陸してくれ」


13ブロックは着陸態勢に入った。モニターにはガレム湾の迷宮に集った七人が映し出されている。瓦礫の山を前にして、皆、茫然としていた。


そんな中、アビーとジーンが上空の異変に気付いたようだ。モニター越しに俺の方に向け指差している。他の五人も上空を見上げる。


笑えた。皆、元気そうだ。誰もがカメラに向かって口をあんぐりと開け、目を白黒させている。


四つのエンジンが下を向き、垂直に降下を始める。着陸足を出し、着地に備える。レベッカが高度を読み上げていた。


カウントダウンがゼロとなると同時に着陸足が地表をキャッチする。振動はない。滑らかで安定した着地だった。


「レベッカ、格納庫のハッチを開けてくれ」


俺はシートベルトを外し、席を立つ。ブリッジを出て格納庫に向かう。階段を幾つも降り、格納庫の扉の前に立つ。虹彩認証で扉を開けた。


格納庫に入ると作業用バワーローダー四機が扉の前に固定されていた。そこを抜けるとヴァルキリー十体、パワードスーツ十機、パワード・エクソスケルトン二百機、ハンプティダンプティ五百体、ドラゴンフライ六機がずらりと並んでいる。多くの物資も積み上げられていた。


それを左右に見、その真ん中を進んで行く。無人の格納庫に一歩、一歩と響く足音。ハッチは開かれていた。薄暗い格納庫の正面が光に溢れている。地球を旅立って二千年。パイリダエーザの宇宙そらを漂って二千年。ここまで気の遠くなるような長い旅だった。


ハッチを抜け、ステップを下りる。カリム・サンたちの畏怖と戸惑いの視線が俺に集まる。


ごめんよ、杏。そして、里紗。俺はここでもう一度精いっぱい生きていこうかと思う。


四千年ぶりの太陽。俺はそれを一身に浴びていた。





〈  了  〉



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[良い点] ハヤカワのSFファンタジーの香りがする作品でした 安心して読めました [気になる点] なろうの流行のスタイルから外れてるので、他サイトが正解でしたね [一言] 完結まで読ませていただきあり…
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