第196話 召喚
な、なんなんだ! この映像は!
宮殿の壁いっぱいに映し出されたのは、七つ口のドラゴンと戦って死に掛けた時に見たビジョン。俺はピアノに肘を駆け、演奏に集中する杏の横顔に魅入っている。
なんで俺の頭の中がここに映し出される。
アヴェ・マリアの心地よいメロディーが宮殿に響き渡っていた。アナナマスは目をつぶり、気分よく指先で節を取っている。
もしかして、魔法。これもこいつの仕業………。
確かに違和感はあった。夢でもなければ記憶でもない。どのビジョンもイチゴがいつも同じように転がっていた。
「音を上手く並べればこんな風になるんですねぇ。君の世界ではこれを音楽というのでしょ。見て下さい。君の穏やかな顔。君の妻の優しい頬笑み。二千年もの間ずっと繰り返される君の夢。僕はいつも君たちをここで見ていたんですよ。癒しを求めてね」
こいつの仕業じゃない! 俺の夢?
嘘だ! 有り得ない! いや、これはあってはならないことだ。もしそうであれば、こいつの行動原理に俺は影響を与えてしまっている。
そもそも俺はコールドスリープの中に入っているんだ。起こされるのはパイリダエーザに着陸した後。
惑星シールドが本当だったとしたら俺はまだ、まさしく宇宙ってことになる。コールドスリープは体の全機能を低下させる。それは脳も例外ではない。実験データでも証明されているんだ。夢なんて見るはずがない。
「信じられないって風ですね。あ、僕が夢と言ったからかぁ。申し訳ありません、誤解を招くような言い方をして。正しくは、魂の叫びってやつです」
アナナマスが天高く指を差す。そこに視線を向けると宇宙空間に白い煙のような、塵のような物体が漂っていた。
あれがなんだというんだ。
「やっぱり気付いてなかったようですね。言いにくいことですが君の魂は、切り離された船の尻尾にはない。あのように君の魂はずっと宇宙に漂っていた。あの世にも行けず、現実に戻るのも拒絶する。だから、僕はこうやって簡単に君と交信出来た」
………あれが俺。
あの世にも行けず、か………。だから。
確かに俺の魂は虚ろだったといえる。あの頃、杏と里紗の死は頭で分かったつもりでいた。だが、どこか上の空なところがあった。どうでもいいって気持ちになることさえある。
だから、13ブロック長になることを躊躇していた。一万人の命に責任が持てなかった。
ある時、ふと思ったんだ。この仕事は俺にしかできないと。アースノイドとしてスペースノイドのために何かしようなぞと、罪滅ぼしをしようなぞと、決してそんな高尚なことを考えたわけではない。
地球圏に未練がない。地球連邦政府のやり口も気に入らない。それは乗員ほとんどの総意だ。でなけりゃぁそもそも移民船なんかに乗りゃぁしない。実際ラグナロクに志願しようとする者たちの言葉を俺はこの耳で聞いていた。ずっとコロニーの酒場で、スペースノイドと偽って飲んだくれていたんだからな。
品のいいアルカディアならいざ知らずラグナロクは、誰がブロック長をやったとしても上手くはいかない。とどのつまり、彼らが憎む対象、宇宙の端に追いやった張本人、ブロック長は彼らに選ばれた代表でもなんでもない、ただの地球連邦政府の回し者なのだ。
事有るごとに対立しよう。一万人の命に責任を感じていても、その気持ちは彼らには絶対に届かない。逆に余計、対立に拍車がかかる。無事では済むはずがない。裏切られ、痛みつけられ、みすぼらしい死に方が待っている。
もちろん、それは望むところだ。そう思ってラグナロクのブロック長を引き受けた。命懸けとは如何にも尤もらしい言いぐさじゃないか。俺は結局、自分に最もふさわしい死に場所を求めていたに過ぎない。
「本題に戻りましょう。僕がなぜ、君をここに呼んだのか」
風景は宇宙ではなく、綿毛舞う空へと変わっていた。花園はそよ風に揺れ、綿毛が花軸から飛び立って行く。
「もちろん、漂っていますからひっ捕まえて下ろして来るのは簡単です。ですが、僕にはそれ以上の理由があった。二千年もあなたの夢を見ていたのですよ。親近感も湧くというものです。どんな男か会ってみたい。なにしろ二千年、二千年もですよ」
アナナマスは宙に浮く綿毛を掴むとその手を差し出した。そっと開く。綿毛は手の平でフワフワと柔らかい風に揺れていた。
「君たちが言うラキラ・ハウルのウィルスで、一定の成果を得た僕はマスター・ヴァウラディスラフを名乗ることを決心しました。マスター・ヴァウラディスラフになったからには話し相手兼助手兼管理人が必要です。なぜならばマスター・ヴァウラディスラフは話し相手兼助手兼管理人に僕を創造しましたから。僕もそうしようと思いました。候補を幾つか上げてみました。ですが、やはりあなたが良かった。ずっと二千年、共に暮らしたようなものです。さっき話しましたでしょ。あなたをひっ捕まえて下ろすのは簡単なのです。問題は器になる容姿でした。そっちの方が選定に苦労しましたよ。マスター・ヴァウラディスラフと同じ金髪碧眼というのが気に入りました。だから、そいつを呪い殺し、その金髪碧眼の体から去って頂きました」
「それが俺を召喚した理由」
アナナマスはニヤッと口角を上げた。
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