第188話 ガレム湾のダンジョン
―――ガレム湾のダンジョン。迷宮とも呼ばれるこの四角錐の建造物は、目測だが底辺の一辺が三百メートル、高さは二百メートルほどであろうか。壁面はというと、色といい、光沢といい、ハロルド・アバークロンビーが言う通りヴァルファニル鋼に間違いない。
入口がないとも言っていた。確かにそれらしき箇所は見当たらない。目に入る壁面は一枚板のごとくで全く繋ぎ目がない。この四角錐はまるで巨大な立方体から削り出されたようだ。
常識が通用しないのも分かっている。これは魔法の産物だ。俺が触れれば何かが起ころう。俺には竜王の加護がある。壁面に向けてゆっくりと手を伸ばす。
指が触れるか触れないところで壁面に切れ目が入った。瞬く間にその筋が長方形を象っていく。高さが三メートルで幅が二メートル。その線に囲われた内側が消え失せた。開口部が出来上がったのだ。
日の光が開口部の中を照らしていた。洞窟のようだった。ダンジョンと言われる由縁である。伝説によると中にはモンスターが居て、魔導具がある。
日の届かない奥をパワード・エクソスケルトンの機能により確認する。モンスターが居る気配はない。いきなりモンスターに襲われるってことはないようだ。
なんだか誘われているような気がする。そもそもスキルを使って入口を開けたのではない。間違いなく俺は壁面に触れてなかった。
それは俺が扉を開けてないことを意味する。言い換えれば開けたのはこの建造物の主。俺もそいつに会わなければならない。が、そいつも俺に会いたいってことだ。このダンジョンの奥でそいつは俺を待っている。
意を決して、ダンジョンに足を踏み入れた。
するとどうだろう。ダンジョンはあっと言う間に消え失せた。跡形もなく無くなったかと思うとまばゆい光が視界を覆う。咄嗟に、入口の後ろに身を隠した。
何かの攻撃か。いや、何も起きない。おそらくは俺のスキルのせいだ。魔法のダンジョンは解除されたのだ。
光はずっと照らされたままだった。恐る恐る入口から覗き込む。
中は屋内なのに陽射しが降り注いでいた。見上げると突き抜けるような青空。そして、それをバックに数えきれない白い物体がふわふわとマリンスノーのように宙を漂っている。
タンポポの綿毛のようであった。小鳥が二羽飛んでいた。複雑でテンポの速いメロディーを奏でている。二羽は空中で付いては離れ、付いては離れ、綿毛の中を戯れている。
花園が広がっていた。黄色の花の絨毯に、所々真ん丸な綿毛が顔をのぞかせている。そしてその先に漆黒の直方体があった。高さが五メートルほど、幅は五十メートル。建造物と呼べるのか、扉も窓もない。
おそらくあれもヴァルファニル鋼であろう。一面咲き乱れる黄色の花の絨毯に黒くドカっと鎮座していた。
パワード・エクソスケルトンには魔法を感知する機能は無い。幻覚かどうか裸眼で見る必要があった。
俺はヘルメットを脱いでヴァルファニル鋼の建造物へと歩を進めた。目の前にある楽園は確かにそこにある。
俺はスキル持ちだ。花園は無限に広がっているように見える。ここはガレム湾の迷宮の中。花園は三百メートル四方に区切られているはずである。魔法ならダンジョンのようにとっくに消え失せている。
考え得るに、四角錘の内壁に答えはあるのだろう。幻覚の類ではない。かといって次元転移でもない。おそらくは映像。無限に広がる風景もただ単純に目の錯覚を利用している。
ローラムの竜王は市井に溶け込み、人間というものを観察した。おそらくはここの主も人間を調べつくした。それ自体は何ら不思議ではない。俺たちは予期せず突然空からやって来たのだ。
問題は、ここの主が人間の何に興味を持ったのか、である。
ふと、不思議な音色がするのに気付いた。金属を叩いている音のような、あるいは、ギターをポロンと指でなぞったような音である。一定のリズムで鳴り響いている。
音に催眠効果があるのか身も心も癒されるようであった。音に魔法の効果はないと見ていい。この風景といい、ただ医学的に俺は癒されているだけなのだ。
耳をそばだてた。歩きながら音源を探る。綿毛が舞う中、花園を進む。どこを向いても音源はたどれなかった。やがて直方体の建造物の前に立つ。
高さ五メートル、幅五十メートルの漆黒の物体である。それが黄色に咲き乱れる花園のど真ん中にドカっと腰を落ち着けている。違和感しかない。四角錐の建造物同様、ヴァルファニル鋼製で入口も窓も何もない。
創造者と呼ばれる者はこの中にいる。入口を確認しようと漆黒の壁にそって歩き出す。
ふと、背後に魔力を感じた。スキルの効果だろう。振り向くと先ほどまで立っていた壁面に、四角錐同様長方形の切れ目が入っていた。
扉が開かれたのだ。長方形に囲われたその部分が消え失せる。俺は誘われるがままに開口部の中へ踏み込む。
部屋は水色の淡い光に満たされていた。光源は、無数にあるギリシャ神殿かのような円柱からだった。
まるで電燈に吸い寄せられる虫のように俺は円柱の一本に近付く。表面はガラスのような材質で内部には液体が入っていた。光が水色なのはその液体の中に光源があるからだ。
どの水槽の中にも物体が、まるでカーニバルに配られる風船かのようにふわふわ浮いている。俺はそれが何だかすぐに分かった。
―――胎児。水槽の中は時折ゴボゴボと気泡を上げている。その度ごとに胎児はゆらゆらと揺らめいていた。
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