第185話 白いドラゴン
検索機能だけじゃなく、道なき道を進む時も強化外骨格の実力がいかんなく発揮された。
GPSの他に赤外線視覚化機能、動体探知機なども装備されている。体調管理もちゃんとやってくれていた。もちろん、電気アクチュエータで体力的には疲れ知らずだ。
ロックスプリングに到達し、木々の影からその川面を見つつ、南下していく。水を補給する以外、河には近付かない。河原や水面で激闘を繰り広げるはぐれドラゴンを何匹も見た。
やがてその河の名もロックスプリングからヘブンアンドアースに変わっていく。ミスティと別れて十五日目だった。
その夜、俺は奇妙な夢を見た。星が降るような夜空だった。森は深海にいるかと思えるほど静かで、時もゆっくり動いているように感じる。心なしか耳鳴りも覚えた。
夢は、そこがどこかは分からなかった。温室のような一室に木が植えられた鉢だけがぽつんと一つあった。
それは十号ほどの大きさで、植えられていた木は大木を縮小したような樹姿で、葉張りはというと傘を差したようである。
その木の袂に子ネズミほどの大きさのドラゴンがいた。全身が真っ白く、四本足で立ち、背中に小さな翼がある。
丸くうずくまっている。それがピクンと動くとのっそり起き上がり、首を伸ばした。
その視線の先に白ずくめの男が一人。髪は黄金雲のような金色で、瞳は夏間近の爽やかな空のように青い。
男は水面に浮いた花弁を掬うがごとくそのドラゴンを手のひらに乗せる。男の表情には暖かな笑みがあった。手のひらで遊ぶ真っ白なドラゴンをずっと愛でている。
なぜか俺は、そのドラゴンの名を知っていた。無意識で鼻歌を歌っている自分に気付く時のようにその名前が自然と頭にあったのだ。
男は草原に立っていた。天を覆う黒雲に日差しは遮られ、風は容赦なく男に吹き荒む。
足元の葉身が波打っていた。風に飛ばされた幾つもの葉が男に向かって来ると通り過ぎていく。
鉢が男の肩の上にある。温室にあった木の鉢だった。風に流されることなく、そこにフワフワと浮かんでいる。
男はアームホルダーのような物を首からぶら下げている。そこから白いドラゴンがカンガルーの子供のように顔を出す。
白いドラゴンは男を見上げた。男の視線は遠い向こうにある。そこは草原が延々と続く荒野。寂しげな眼差しで何もない真っ黒な空と波打つ草原を見つめていた。
やがて男は帰路に就く。延々と続く草原を風に逆らって進む。
足取りは重く、一歩一歩と足元を確かめるように歩む。やがて遠く向こう、そこに黒い三角錐の建造物が見えて来た。
近づくにつれ四角錐の前に黒い人影があることに気付く。そいつは男が帰って来るのをずっと待っていたようだ。明後日の方にあった顔の向きを男へと向けると動かされることはなかった。
男はというと、待っていた人影には何の感慨も湧かないようだった。一貫して寂しげな眼差しで、足取りの方も急ぐどころか微塵も変化が見てとれない。
男はふと、視線を白いドラゴンに向ける。白いドラゴンはずっと男を見詰めていた。目が合うと男は硬く冷たい表情から笑みを零す。それは朝露のごとくはかなく消えてしまったが、その笑みが何であるか俺には伝わっていた。男は白いドラゴンが愛おしいのだ。
俺は当たり前のように知っていた。男は白いドラゴンと会うまではずっと一人ぼっちだった。四角錘の建造物の前にいた人影は人ではない。どうやら男は白いドラゴンのように人影の人物を愛せなかったようだ。
見た目に人間と言える者は男ただ一人だけであった。ただ、鉢を浮かせていたことからも男が魔法を使えるのは間違いない。
違和感を覚えた。魔法で飛んでもいいし、風を操って追い風にしてもいい。なのに男は一歩、一歩、風に逆らって自分の足で歩いていた。
場面が変わった。北の空が赤々と燃えている。男の肩の上に浮いていた鉢も家庭に飾られるクリスマスツリーほどの大きさに変わっていた。白いドラゴンの方も大型犬ぐらいになっている。
男と白いドラゴンは寄り添い、真っ赤な空を眺めている。地平線の先が何度も火を噴いていた。そこから時折、地響きと共に赤い火の玉が飛び出す。黒煙に覆われる空から火の玉が降って来る。
山が噴火した。おそらくはエトイナ山だろう。
俺の知っているエトイナ山は、カルデラ湖があり、その中央に湖中島があった。その光景に重なるかのように突如、カルデラ湖と湖中島が俺の前に現れる。湖中島に男が座っていた。宙に浮いていた鉢はもうそこにはない。
湖中島に一本、木が立っている。まだ俺の知っている大世界樹にまで成長していない。大きさは街路にある並木ほどの大きさだった。
男の膝に白いドラゴンが顎を乗せている。馬ほどの大きさで、木漏れ日の下、男の膝を枕にすやすや眠っている。男はというと白いドラゴンの頭を優しく撫でている。
水面に映る雲がゆっくりと流れていた。心地よい風が吹いている。世界樹はすくすくと育っていた。したたるような新緑の香りを放ち、日の光を吸収して緑色に輝く。
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