第183話 魔素
カールはパワードスーツの訓練とハンプティダンプティの演習を兼ねてローラムの竜王に会って来ていた。ハンプティダンプティは総勢二百機。戦いを持さない構えでエトイナ山に向かったという。
バカじゃなかろうか。カールがローラムの竜王に会おうとしていた。生きて帰れない状況で俺の介添人を引受けていたのだ。
何がやつをそうさせるのかと俺なりに考えてみた。あの当時、王都に眠っていたハンプティダンプティが動き出した後であった。それで前王アーロンは怒り、カールをエトイナ山に行かせ、ローラムの竜王の裁きを受けさせようとしていた。
俺はというと、そのアーロンにカールの毒殺を命じられた。それはローラムの竜王がカールを許す場合を想定してのことだった。
毒殺は知らないまでも、己が危ない立場であることはカール自身、よく理解していた。それでもカールはローラムの竜王に会おうとしていた。普通ならそういう考えに至らないだろ? 普通ならばな。
やつは普通ではなかった。ぶっ飛んでいるとやつのことを俺は評したことがあるが、それどころかやつはサイコパスだった。どうしてもローラムの竜王に会いたかったらしい。
目的は宣戦布告。
やつは確かに俺にそう言った。ローラムの竜王の、あの神のごとくな姿だ。いち人間が敵う相手ではない。カールはその身を犠牲にすることで己の意思は人類に永遠に受け継がれるとも言っていた。
冗談じゃない。他人に共感も出来ず、自己中心的で、しかも、口達者に他人を言いくるめ操ろうとしているやつが、人の意思は永遠だなんて、よく言えたもんだ。
実際アーロンとの対峙でさえも俺を囮にして移転魔法でケツをまくったぐらいだ。どうせローラムの竜王に会ったとしても移転魔法で早々にその場から逃亡したのだろうよ。
そもそも戦う気なぞこれっぽっちもない、と俺はそう考えていた。百歩譲って、カールは己自身を試すためにローラムの竜王に会いに行った。初めてローラムの竜王にあった時は震え上がった。今の自分はちゃんとローラムの竜王に対峙できるのか、とな。
良いように考えてやったんだ。だが、それも違った。極端に言えば、やつはただ単にローラムの竜王に、二百機のハンプティダンプティと空飛ぶ自分を見せたかっただけなんだ。
カールはすでにラグナロクのAIレベッカにDIの登録を済ませていた。ローラムの竜王に会って、宣戦布告と同時に移転魔法で一旦引く。戻って来た時は二百機のハンプティダンプティと共に空中でローラムの竜王とにらみ合っている。
それがカールの当初の予定だった。アイザックという灰色のドラゴンに、俺とラキラが跫音空谷の里近くへ魔法で飛ばされなかったら、きっとそうしていた。
いいや、俺とラキラだけ別行動させられたのは結果的に、カールにとっても好都合だったのかもしれない。王都でハンプティダンプティが動き出してから俺のエトイナ山行きまでの期間があまりにも短かった。
言い換えれば、アーロンの動きが早すぎた。アーロンは準備に何カ月もかかるキースの成人の儀式やら行事やらを全て吹っ飛ばしたのだ。
カールとしても計算が狂ったに違いない。ラグナロクのAIにIDを登録澄みだったとしても、カールは結局ズブの素人だ。そう簡単にパワードスーツは扱えない。その知識もさることながら運用するための訓練が必要だった。
カールもその点に関しては不安があったのかもしれない。俺とラキラだけエトイナ山に登ったことをおそらくは前向きにとらえた。俺を囮にする形で王都から雲隠れし、ラグナロクで訓練に勤しんだ。
結果、やつはやりやがった。ローラムの竜王に己の勇姿と二百機のハンプティダンプティをまさしく並べて見せたのだ。
やつが認めてもらいたかったのは、親のアーロンでも無ければ、メレフィスの国民でもない。こいつらに罪なき兵団の価値なぞ分かるもんかと思っていた。
ローラムの竜王だったら理解してくれよう。実際ローラムの竜王は過去にそれと拳を交えている。
カールは子供が玩具のコレクションを並べるように、ローラムの竜王の前で誇らしげにしていたのだろう。
その光景が俺にはありありと見える。
やつは言っていた。その時初めてローラムの竜王と言葉を交わしたと。その光景を話すやつの顔ときたら、快感でとろけるような表情だった。
俺に自慢げに、そして、流暢に話していた。ずっとそれを誰かに話したかったのだろう、特に俺にはな。
ローラムの竜王は楽しげだったそうだ。カールの率いる神の軍団を見て、ふぉっふぉふぉっと笑ったという。「戦うのは構わんが、死の瀬戸際で虫の生きのドラゴンを倒して何になる」と言ったそうだ。
そして、カールはローラムの竜王とこの世界について語り合ったという。その時、ローラムの竜王は竜人化していた。
この世界は魔素というもので汚染されているらしい。カールの言葉から想像するに、魔素は原子のようなもので、人の意思の力に反応して何にでも姿を変え、分子をも形成する。
世界樹はその魔素を栄養素に変えて生命を維持しているという。世界樹は魔素を吸収し、大気の浄化を進めていた。そしてドラゴンは、その世界樹のガーディアンとして今も尚、造り出されている。
その魔素がこの所、急激に濃度を下げていっているのだそうだ。力のあるドラゴンほど真っ先にその影響を受け、それもやがてはドラゴン全体までに広がっていくという。
つまり、ドラゴンは遠からず絶滅する。
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