第180話 キースの墓標
十字架の出来上がりだ。
バックパックから小袋を手にするとその中から折り畳み式スコップを取り出す。適当に土を盛り上げ、十字架をその頂点に石で叩いて打ち込む。
髑髏の刺繍のマントを十字架に結び付け、髑髏のアーメットヘルムを十字架の頭に掛ける。
キース・バージヴァルの墓である。俺はその前でひざまずいた。
俺がやつの体に入ったのは、葬儀前のお別れ式の時だった。死んだと思われていたキースが起き上がったのでその場はパニックに陥った。実際やつの魂はあの世にある。結局やつは誰からも弔われない憂き目にあっている。
俺はイザイヤ教式の祈りを知らない。キリスト教に似ているのだろうと勝手に決め付け、両手を握り、黙とうした。
願わくは彼の霊よ安かれ。
俺はバックパックを背負い、七つ口のルーアーを手に取ると大腿部のポケットに仕舞う。
不服だろうが、諦めろ。お前のために祈れるのはもう俺しかいないんだ。
「あばよ。キース・バージヴァル」
これからは俺自身、神楽仁の旅だ。ガレム湾へと向かう。創造者とかいうやつに会って必ず元の世界に帰る。
皆とは、分かれるのがもう辛い仲になってしまった。だが、この世界はこの世界に住む者たちだけのものだ。俺は部外者。自分たちの未来は自分たちで決めなければならない。これ以上俺の出る幕は無い。
願わくはこの世界に幸多からんことを。
フルフェイスのヘルメットを被る。ヘルメットシールドに位置情報が表示された。GPSが生きている。
ということは最低四つの測位衛星がこの星の上にあるってことだ。天気も表示されていた。気象衛星も飛んでいる。
さらには強化外骨格のWARNINGもラグナロクに伝わっていた。通信衛星がある証拠だ。
ラグナロクから打ち上げられたのだろう。だとしたら、軍事衛星が飛んでいてもおかしくはない。
シールドの隅に通話の着信表示が現れた。視線をそれに合せた後、その視線を上に上げれば通話可能となる。
すっかり感傷に浸っていたのにぶち壊しだな。俺が帰還しないのはラグナロクのAIレベッカは了解済み。
なのに連絡があるということは。
分かっている。どうせやつしかいない。
無視するか。俺はもうキース・バージヴァルではない。キースは心体共に死んだんだ。
だが、やっぱり気にかかる。
ちっ。女々しいな。ラキラがどうなったか、カリム・サンらは無事なのか、正直知りたかった。やつと話せば情報は得られよう。
とはいえ、まさか向こうからコンタクトして来るとはな。
考えもしなかった。だが、よくよく考えればやつなら連絡してきてもおかしくはない。そもそもやつは俺が生きていることを知っている。そして、キースならラグナロクにやって来ると思っていた。
ただし、俺がやつの知っているキースならな。
結局キースはラグナロクに来なかった。やつも俺がキースではないことを薄々感じている。ローラムの竜王と会った後、ケルンという場所で一晩話をしたからな。
その上でのコンタクトだ。このまま無視しつづけるのならやつは何をしでかすか分かったもんじゃない。カリム・サンらが心配だ。
どうせ逃げられないなら、相手をするしかない。ディールだ。都合のいい条件を何とかやつから引き出してやる。
俺は、「繋げてくれ」と言った。強化外骨格のヘルメットは視線意外に、音声でも受信は可能だった。
ヘルメットシールドに映像が映し出される。ラグナロクのブリッジだ。艦長席にカール・バージヴァルが座っている。
騎士のようにパワードスーツを着こなしていた。頭部パーツを右手に、左手は肘かけの上にあった。
「よぉキース。久しぶりだな。カールだ」
艦長気取りか。さぞかしいい気分だろう。
「驚かないんだな。お前、私がここにいることを知っていたな」
当たり前だ。もうとっくにお前の腹の内は見抜いている。
「まぁいい。で、傷は治ったようだな。私に感謝しろ。医療ポッドは私がミスティに命じて送らした」
よく言うぜ。事実は逆だ。あんたはバリー・レイズを使って俺を殺そうとした。俺を救ったのはレベッカだ。彼女は兵士を漏れなく救う義務を追っている。それが例え艦長の反対があったとしてもだ。
もちろん、一人を救うために三人が死ぬというなら如何にレベッカといえども救助の判断はしなかろう。だからこそのAIなのだ。当然、そのようなケースに俺は当たらない。
「つれないやつだな。確かに帰還式では悪いことをした。お前だけを置いて消えたことは後悔している。しかし、あの時はどうしようもなかったんだ。すまぬ。こんな兄を許してくれ」
艦長席にどかっと座っているカールは、頭だけをコクっと下げた。
形だけ。全く悪びれている様子もない。確かあの時も、アーロンというよりかは、お前らに殺されそうになったがな。
「返事はなしか。置いて行ったことがそれほどまでに許せないんだな。悪かった。そこまでかたくなになっていたとは。私は悪い兄だ。お前がそんなに苦しんでいたとは気付かなかった」
俺というよりキース・バージヴァルは苦しんでいたろうよ。キースはバカなようだが、お前の本性はちゃんと見抜いていたよ。お前だけではない。アーロンもリーマンもだ。もちろん、エリノアも。キースは全てに嫌気がさしていたんだ。
「どうだろう。償いをさせてもらえないか。ラグナロクに来い。ここは素晴らしいぞ。何だって出来そうだ。お前の望む物も与えられる。そうだ。ここに来い。お前はアーロンを憎んでいたろ。お前が王になれ。メレフィスを好きに出来る。私がそれを許そう」
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