第179話 ドラゴンフライ
インナー、軍服を身に付けている間、ヴァルキリーは撤収作業を行っていた。
医療ポッドに取りつけてある数本のキャプタイヤを抜くと航空機に搭載されているリールで手際よく巻き取っていく。航空機のフォルムは忘れもしない。戦闘空中哨戒機P/A-78ドラゴンフライ。
宇宙空間でのミッションも可能とし、特にコロニーでは重宝されていた。エンジンは稼働式で、主翼にそれぞれ二機。二人乗りで、コックピットは全方位ガラス張りの球型である。
見た目、文字通りトンボである。俺が服を着用し終える頃、ヴァルキリーもちょうど作業が終わっていた。
近づいて来ると医療ポットの横にあるケースを開く。その中にはフルフェイスのヘルメットがあった。
「ラグナロクに行きましょう」
ラグナロクのAIに命じられた。おそらくは、そこにカールもいる。
「君の名前は?」
「私はミスティ」
「ラグナロクのAIは?」
「レベッカ」
「!」
………聞いたことがあるような名だ。
どこでその名を聞いた。頭の髄がキリリっと痛む。思い出そうとすると頭が痛い。思わず頭を押さえてしまっていた。ミスティが言った。
「医療ポッドはクリアとなっていましたが」
まだ完治出来ていないかと心配している。医療ポッドがクリアというならそうなんだろう。脇腹以外の痛んだ部分も直してくれているはずだ。
すさんだ放蕩生活を続けていたキース・バージヴァルのことだ。子供の頃から酒を飲んでいたのかもしれない。少なくともクスリ漬けだったのは確かだ。運動もろくすっぽしていない。
内臓はどこもかしこもボロボロだった。それが綺麗さっぱり治った。もしかしてそっちの方が修復に時間がかかったんじゃないのか。
少し笑えた。俺の世界ではこういう時、こう言う。まるで魔法のようだ。
「いいや、そうじゃない。頭を押さえるのは、考える時に出るただの癖だ」
いずれにしても、頭の痛みは気にかかる。体の不具合は全部治ったんだ。それにキースはアホだが頭痛持ちではない。
「俺は何日眠っていた」
「10日と8時間です」
だろうなと思った。全部直ったとなれば納得できる時間だ。
エトイナ山派遣団の第一陣は無事目的を達成したのだろう。ラキラがいれば大丈夫だ。彼女は軟じゃない。知恵もある。きっと伝説にある赤毛の乙女のように、人もドラゴンも導いていく。
俺はというと死んだことになっている。ローラムの竜王との取引も成った。幕引きとしてはちょうどいい。俺は彼らの物語から退場する。
「ミスティ。ラグナロクには行けないとレベッカに伝えといてくれ」
ミスティは小首を傾げた。
「なぜ?」
「俺はやらなきゃならないことがあるんだ」
ミスティは押し黙った。おそらくはレベッカに問い合わせ中なのであろう。やがて口を開いた。
「分かりました」
そう言うとフルフェイスのヘルメットを差し出した。それは俺の強化外骨格の失われたパーツ。通信や便利機能が使える。これがあれば本来の強化外骨格の性能が得られよう。もちろん、レベッカとの対話も可能だ。
「これを持って行って下さい」
俺はもう、この世界とは関係ない。キース・バージヴァルは死んだことになっている。実際やつの魂はもうあの世にあるんだ。
残ったのは神楽仁。俺自身だ。
俺は俺の想いのままにする。
本来このヘルメットはラグナロクに俺が帰還するのを前提に用意されたものなのだろう。ラグナロクのAIレベッカにとってみれば、それがあるべき姿なのだ。
それを押してまで俺にヘルメットを与えると言う。思ってた通りレベッカはIDを持つ者の安全を第一に考えている。
「有り難くもらっていく」
俺はフルフェイスのヘルメットを受け取った。
「何かあればすぐにでも駆けつけます」
「ありがとう。その時はよろしく頼む」
俺の言葉にミスティは頬を緩ませた。その表情が証明している。それが彼女らの望んだ答えだったということを。
いずれにしてもそこまでが彼女のミッションだった。結局俺のラグナロクへの帰還は叶わなかった。だが、ミスティに惜しむ感情は一片の欠片も無い。長居は無用とばかり駆け出すとドラゴンフライまで行き、機体側部のハッチから軍用バックパックを取り出した。
傍らに置かれていた強化外骨格パワード・エクソスケルトンも一緒に抱えると俺のところに持って来る。おそらく強化外骨格はメンテ済みだ。
他の荷物もドラゴンフライから持って来た。俺が医療ポットに入る前に身に着けていたものだ。俺はさっきまで素っ裸だった。
ミスティは、さよならもなしに踵を返すとドラゴンフライに向かい、コックピットに颯爽と乗り込む。
機体は三メートルほど上昇し、ホバリングをしたかと思うと近づいて来て医療ポッドの上でゆっくりと降下する。
機体下のアームで医療ポッドを掴む。ドラゴンフライは瞬く間に空の向こうに消えて行った。
残されたのは強化外骨格パワード・エクソスケルトン全装備とサバイバルセットが入った軍用バックパック。他に髑髏の刺繡が入ったマントと髑髏のアーメットヘルム。意識を失った時に握っていた七つ口のルーアーもあった。
早速俺は強化外骨格を装着するとバックパックからロープを取り出した。ウエストベルトに装備されたコンバットナイフを抜く。
見栄えのいい枝を二本見つけるとそれぞれ叩き伐り、一本は鉛筆を削るように先を尖らせる。二本の枝をクロスし、交差部分をロープで縛った。
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