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第178話 ドラゴン・シルク

目が覚めた。同じベッド、同じ天井。また一日が始まる。


ナイトウエアのまま寝室を出て、キッチンで杏におはようと声を掛け、ダイニングテーブルに座る。AIのマーフィーにニュース動画をつけさせた。


ニュースは変わらずコロニーでの暴動であった。暴徒は商店街を破壊し、市街地では火の手が上がっている。コロニーでの火災は大惨事を引き起こしかねない。


サイド6への移民計画も報道されていた。キャスターの言葉はどれも暴動を煽るものばかり。俺はいつものようにミニサラダボールのイチゴに手を伸ばす。


触れた途端、盛りつけられた一番上のイチゴはコロンとバランスを崩す。ミニサラダボールから落ちて、テーブルの上をコロコロ転がって俺の前で止まった。


あっと思い、拾おうとする。


が、手を止めた。昨日も同じような事があった。いや、同じような事ではない。昨日と全く同じだった。


イチゴは色鮮やかな赤色をしていた。ツヤがあり、先はどちらかというと平たかった。粒々は多くなく、粒それぞれの間隔は広い。中身がパンパンで熟している証拠だ。


間違いなくこれはスイートクィーン。AIの管理で生産され、味の濃さ、そして甘みと酸味の均整が見事に取れた品種だ。俺の好物で、それが無ければ今日一日が始まらないほどだった。


―――いつもと変わらぬ朝。


というのは例えでよく使われる。しかし、それはあくまでも例えだ。全く同じなんてありえない。


実際ニュースの内容はいつものように暗いものばかりだった。だが、内容そのものは昨日より進展している。


俺自身、昨夜も杏と里紗と三人で夕食を取った。これもいつもと変わらない日常というやつだ。昨日と少し違うのは今日の二十時に月行きの軍関係者の船に同乗させて貰えるってこと。


これは記憶。夢ではない。夢なら間違いなく杏を抱き締めているはずだ。俺は杏にずっと会えないでいた。


文字通り俺はいつもの朝のように杏と接している。


だが、何かが変だ。イチゴが昨日と全く同じように転がるなんてあるか。これは記憶ですらない。かといって、夢でもない。だったら何だと言うんだ。





目が覚めた。体に触れている布の肌触りか違う。まるでポリエステルのようでチクチクする。天井はない。目の前にガラスがあり、青い空が見えていた。


何も着ていなかった。俺はまるで棺桶に入っているようで、気を付けの姿勢で横たわっている。顔の前のガラスも棺桶の覗き窓を想わせた。


死んだのか。


いや、生きている。棺桶の縁に沿って幾つもの小さなディスプレイが数字やら波形を表示していた。多くのランプも緑色に点灯している。俺はこれに見覚えがある。


………医療ポッド。


ヤールングローヴィは、元の世界の俺は植物人間になっていると言っていた。もしかして、俺は戻って来られた?


俺は植物人間から復活した。キース・バージヴァルの死をきっかけに俺の魂は解き放たれ、元の世界の俺の体に舞い戻って来た。


不意に覗き窓を人影が塞ぐ。


はっとした。


甘い期待を抱いた俺がバカだった。俺はその人影を知っていた。やはり元の世界に戻れてはいなかった。NR2ヴァルキリー、彼女が覗き窓を覗いた。


事のあらましを大体察した。


罪なき兵団が動き出す前夜、俺は彼女を王都で見かけた。金髪で、完璧なバランスの目鼻立ちを持った美女だった。彼女は罪なき兵団XN-10トルーパーいわゆるハンプティダンプティを起動させるために王都を訪れていた。


その彼女が今ここにいるのは強化外骨格パワード・エクソスケルトンから信号が送られたためであろう。強化外骨格は生体認証に生体電気を使用している。それは戦場での生き死にも確認出来るため採用されていた。


鎖のザトウムシと戦っている最中、俺は左手の甲プロテクターが警告を発していたのに気付いた。その信号はラグナロクにちゃんと送られていたということだ。


ラグナロクのAIは登録されたIDの者を無条件に助けなければならない義務を負わされている。


ハンプティダンプティの回収をヴァルキリーがおこなったんだ。ラグナロクのAIが生きていて当然だ。


医療ポッドが開いた。俺は上半身を起こす。七つ口のドラゴンの死体がまだあった。骨と皮だけになっている。トラの死体も一つあった。それには蠅がたかっているぐらいで損傷は激しくない。


間違いない。ここは俺が七つ口のドラゴンと戦っていた場所。おそらくは野生動物が死肉をあさりに多くやって来たのだろう。ヴァルキリーが追っ払った。トラは向かって来たようだがな。俺はこの通り、医療ポッドの中だった。


数本のキャプタイヤが医療ポッドからヴァルキリーの乗って来た航空機に繋がっている。


左の脇腹に何の痛みもない。傷口も完全に塞がっている。俺は動かせられない程重体だったようだ。


ヴァルキリーが着替えの服を持って来た。俺にとってなじみのある軍服だ。この世界を茶化して例えるなら、これはまさに魔法。


インナーは無縫製で動きやすいのもさることながら、ナノマトリックス加工が施され、光触媒粒子や抗菌剤の他に、制電性を持つ機能樹脂を規則的に配列して単繊維の一本一本に付着させている。宇宙船内服に使用され、船員の健康維持に一役買っている。


ジャケットとパンツの素材はというと、ドラゴン・シルクと呼ばれるものだ。地球上で最も強度と弾力性を誇るというクモの糸の繊維で、蚕を遺伝子操作してクモの糸を吐かせることで実現した。ドラゴン・シルクは防弾チョッキや飛行機の軽量化などにも活用されている。 



「面白かった!」


「続きが気になる。読みたい!」


「今後どうなるの!」


と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


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