第174話 魂の輝き
てめぇの、その傲慢不遜な態度を後悔させてやる。
『ラルシュラ・リム・パルリヴァダム(イクィバレント・エクスチェンジ)』
ルーアーを持つ手に緑色の魔法陣が展開された。アトゥラトゥルがイーデンにかけた魔法は通信魔法で生活魔法の一つだ。その魔法陣も緑色をしていた。
手にあるルーアーが消え、また新たにルーアーが手のひらに現れた。
大きさは同じだったが、今度のルーアーは血のりもなく、まっさらなピンクオレンジのガラス玉のようである。不思議な輝きを持つ玉だった。
『む? 虫けらっ! な、なにをした!』
七つ口は、俺の手のひらに展開された魔法陣をしっかりと見ていなかったようだ。緑色の魔法陣だったからな、明らかに発現するのは戦闘に使用される魔法ではない。
それに俺を下等生物と見下してもいる。しかも、死にかけだ。警戒するに至らなかった。
七つ口は悶え苦しんでいた。身を縮ませ、体をねじり、やがてアスファルトに放り出されたミミズのようにのたうち回る。木々をなぎ倒し、頭のある尻尾は何度も何度も地面に打ち付ける。
砂煙と木の葉が舞っていた。やつは今、地獄の苦しみを味わっているかと思う。己の回復魔法は使えない。いや、回復魔法どころか全ての魔法が使えないはずだ。
ご自慢の七つの口もこうなるとただの気味悪い飾りだな。
俺を虫けら呼ばわりしていた。そのやつももう賢いドラゴンでさえない。はぐれドラゴンに成り下がっている。
それだけならまだいい。俺の使った魔法は等価交換。同じ価値のもの同士を交換するという何の意味もない魔法だ。
俺は手にあった黒騎士のルーアーとやつのルーアーを交換しただけ。
過去、王族でこの魔法を選んだ者は皆無であったろう。賢いドラゴンの中にはこの魔法を知っているやつがいるかもしれない。いや、知っていたと言った方がいいだろう。知っていても使わないか、意味が無さ過ぎてその存在すら忘れている。
状況としては、俺の手にはやつのルーアーがあり、やつの体には黒騎士のルーアーが入っている。アンデットのルーアーってところがミソだ。俺の手から離れればアンデットは復活してしまう。
しかも、やつには魔力が無いんだ。アンデットの制御が利かない。こうなってしまえば、やつにアンデットを止める術は無い。
突然やつの体の中から風の刃が幾つも飛び出す。木々を薙ぎ払って、そのどれもが宙に消えていった。やつは言葉にならない叫び声を上げる。体中が刃に刻まれていて、傷口から血がドボドボ流れている。
ルーアーを失っても少しの間は正気を保ってられるようだ。このままでは死ぬとやつは思ったのであろう。刻まれた傷に自ら手を突っ込んだ。己の中にいるアンデットを直に取り出そうというのだ。
身もだえしつつ、絶叫を上げていた。なんせ己の体を己の手でまさぐっている。正気の沙汰でない。アンデットはアンデットで自分が置かれている状況が何が何だか分からない。
気付けばどこかに閉じ込められている。体も圧迫されて手足の自由も利かず、出口も見あたらない。しかも、閉じ込められている当の七つ口はというと苦しんでのたうっているのだ。布袋に突っ込まれて、洗濯機の中に放り込まれたようなもんだ。脱出を図ろうとするのは当然の成り行きだった。
アンデットは魔法が使いたい放題だ。それでエアロカッターだったのだろう。出口を開いたと思ったその矢先、怪物の手だ。
驚いたかどうかは分からない。少なくとも抵抗はしよう。初めは必死に手で払いのけていた。しかし、相手は腐ってもドラゴンだ。抵抗するのにも限界がある。それでアンデットはさらに強力な魔法を使った。
七つ口のドラゴンは瞬時にバッと風船のように膨らんだかと思うと口という口全て、傷という傷全てから噴火のごとく火が噴出される。
アンデットの爆発魔法だ。狭い空間での発動だから己も粉みじんに吹き飛んだに違いない。
七つ口の、どの開口部からもフワフワと、肉の焼けた黒煙が上がっていた。爆風で舞い上がった砂煙も辺りに漂っている。
残ったのはドラゴンの魔法耐性のある表皮だけだった。中身は爆発の高火力で灰となり、さらにはその爆風で二十世紀の大砲のごとくありとあらゆる開口部から一斉に体外へ押し出されてしまった。
あの爆発力だ。アンデットも粉みじんになったろう。しかし、アンデットは復活する。潜っていた布団から這い出る子供のように、七つ口の皮の下から姿を現すと辺りに視線を巡らす。やがて俺に目が止まった。
七つ口の呪縛から解き放たれている。どうやら自分を閉じ込めた張本人が俺だと認識したようだ。一直線に向かって来たかと思うと俺の前で拳を振り上げた。
新手のドラゴンがガリオンから迎えに来るんだろ。今、楽にしてやんよ。
『ラルシュラ・リム・パルリヴァダム(イクィバレント・エクスチェンジ)』
もう一度、等価交換の魔法を発動した。アンデットの拳が振り下されようとするところで、ピタッと動きが止められた。
俺の手にはアンデットのルーアーが戻っている。一方アンデットには七つ口のドラゴンのルーアーが入っている。
アンデットは瞬く間に干からび、塵の山となっていく。風に吹かれて塵は舞うと、やがてそこに七つ口のルーアーがぽつりと残った。
「てめぇの敗因はその傲慢さだ。アンデットなぞ使わず、敵に真摯に向き合っていたなら勝っていたかもな」
俺は手のひらの上にあるアンデットのルーアーを握りつぶした。まるでサンピラーに映し出されたダイヤモンドダストのごとく、ルーアーはキラキラと輝きを放ち、風の中に消えていく。
これが魂の輝き。俺はそれを茫然と見送っていた。
俺の命も失われようとしている。手を伸ばし、地に転がっている七つ口のルーアーを掴んだ。
掴んだはいいが、その態勢から一ミリたりとも動けない。視界も白みがかっていた。
ふと、人が降り立つ気配がした。軽快で、静かな感じからイーデンでもラキラでもない。おそらくはエトイナ山派遣団団長、エリノア様が命じたのだろう。イーデンとラキラには来させなかった。
二人の内どちらかでもない時点で確定だ。来たのはバリー・レイズ。
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