第173話 命乞い
ドラゴンの尻尾が喋っていた。やはり頭はダミー。尻尾の先端に目があり、口があった。
ということは、誰に対してでもこいつはいつも後ろを向いて喋っていることになる。そして、それがこいつの独自の進化というなら、自分以外この世界全ての生命をこいつはどこまでもバカにしているってことになる。
『といっても、虫けらよ。もう口もきけまい。今回のみ我の言葉に答えない無礼を許すといたそう』
笑えた。どんだけ偉いんだ、貴様は。
『笑ったな。ははーん。我がどうしてもお前の変な魔法を知りたいと、お前はそう考えている』
残念。死んでも見せてやんねぇよ。少なくとも戦う相手をリスペクト出来ないお前みたいなふざけた輩に誰が見せてやるものか。
『それでお前は我に手出しできないと高をくくっている。やはりお前たち人間は虫けらだな。自分がどういう立場かも分かっていない』
どういう立場? その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ。
七つ口はいきなり語気を強めた。
『身の程を知れ! 虫けらよ!』
七つ口の魔法陣が一瞬赤く燃えるのと同時に大きく膨らんだ。
『我はな、そもそも虫けらの魔法なんてどうでもいいんだよ』
虫けら、虫けらって………。
まぁ、それはいい。お前を見てたら大体分かったよ。虫けらから魔法を学ぶなんて屈辱でしかないんだろ。俺もそんなやつに“サイレント・ギャラクシー”を使う気にはなんねぇ。
それよりもお前におあつらえ向きな、取っておきの魔法が用意してある。お前がバカにしそうな生活魔法、ぼけた人間の老人が使うような魔法だ。
『くそぉー! 思いだすと腸煮え繰り返るわ! 竜王め! コレクションをゲットするんならまだしも、こんな西の果てくんだりまで! なぜ我がこんな田舎に来なくてはならない!』
察するぜ。言うに及ばずお前はガリオンで名をはせた魔法の名手。お前のその七つ口が物語っている。
『ローラムのドラゴンどもは田舎もんの腑抜けだ。我に挨拶しないどころか、無視しやがって。どいつもこいつもヤドリギでまったりしてやがる』
おそらくは“サイレント・ギャラクシー”の魔法陣も全体を見ることが出来れば、それが何かお前なら分かるんだろ。足元を通り過ぎた魔法陣だと部分的過ぎてどんな巧者が見ようとも何が何だか分からない。
ガリオンの竜王もさぞかし気持ち悪かろう。訳の分からない魔法陣の中に入れられたんだ。それでお前はここに寄こされた。
『ローラムのドラゴンたちはこんなに人間を飼っていながらトレーディングゲームをやらない。なぜだ。こんな面白いものを。だから腑抜けになってしまうんだ。正直お前にもがっかりしたよ。変な魔法を使うから期待して来たんだ。だが、虫けらはやはり虫けら。あまりにももろすぎる。一度のゲームで一年以上かかるってことはざらなんだ。それなのになんなんだ、新たに木偶を召喚する間もなくこのざま。ゲームはまだ始まったばかりだぞ』
はぁ? 七つ口。話が変わってねぇか。お前は一体何しにここに来たんだ。
『お前は竜王の加護持ち。ところがそれを自在に操れない。よって回復魔法は無駄。その上お前は頑として魔法を使わず、かと言ってアンデットにもなれない。な、仕方ないだろ。竜王にも十分理由が通る話だ』
話が見えないな。目的はガリオンの竜王への腹いせか? ローラムのドラゴンたちにもイラついている。鬱憤晴らしに初めっから俺をいたぶって殺す気でいた。自己弁護の材料も出来たしな、これで心おきなく俺を殺せるってことか。
こいつにしてみりゃぁ別に“サイレント・ギャラクシー”なんて無ければ無いで構わない。使わないなら殺すまで。
そもそも人間の魔法なんてたかが知れてると思っている。“サイレント・ギャラクシー”の魔法陣を見られたらラッキーだ、ぐらいにしか思っていなかった。
お前のその性分だ。腹の内がうかがいしれるぜ。普段からガリオンの竜王のことも面白く思ってない。
ガリオンの竜王が“サイレント・ギャラクシー”を不快に思っていると想像するだけでお前は興奮して身悶えしてしまうんだろ。俺が死ねば“サイレント・ギャラクシー”は謎のままだ。ガリオンの竜王はそれに未来永劫苦しめられる。
俺が“サイレント・ギャラクシー”を使えば使うで、ガリオンの竜王には絶対に報告しない。当然それもガリオンの竜王への嫌がらせになるからだ。
いずれにしても、俺は殺す。それがお前の出したベストな答えなのだ。俺は握っていた手を胸元に上げた。そして、手のひらを開く。そこには黒騎士のルーアーがあった。
『ほほー。ルーアーか!』
そう言うと七つ口のドラゴンが笑った。赤い魔法陣が点滅しつつ大きくなっていく。
『竜王の加護持ちならいつでもそいつをつぶせただろうに。どうりで大事に握っていたわけだ』
頭、両肩、両膝、腹と次々と口に赤い魔法陣が展開されていく。
『考えたな。我に命乞いするか。それでその対価がそれってわけだ』
ちげぇよ。なに勘違いしてやがる。今から俺の、新しい魔法を披露してやろうっていうんだ。
『気持ちいいィィィ! 我の完全勝利! そうだ。そういうことなんだ。分かっているじゃないか。敗者は勝者に対価を払うんだ。それでこそ西の果てくんだりまで来たかいがあったってもんだ』
だからぁ、お前は一体なにしにローラムに来たんだ。ガリオンの竜王に命じられて来たんじゃないのか。そんでもってガリオンの竜王に嫌がらせをするために俺を殺す。
『面白いぞ。面白いぞ、虫けらぁ。確かにそれは我がコレクションの一つだ。トレーディングゲームでも重宝していたが、所詮それは中の下。有ったら有ったらで使うし、無かったら無かったらでどうでもいい。トレードするのに役にたてばいいかなって程度』
さっきからトレーディング、トレーディングって………。
そうか。そういうことか。ガリオンのドラゴンたちが死者を迎えに来るっていうのはそういうことだった。
やつらは互いの持ち物、死者を戦わせて遊んでやがった。勝者には敗者から対価として手駒が渡される。もちろん、交渉で交換も出来る。
そんでもってこいつの異常なまでの興奮のしよう。もしかして、俺に勝ち逃げされたと思っていたとか。実際こいつは己の手駒を俺に潰された。俺に負けたんだ。それも魔法を使われずに。
『問題はだ。我が勝ったというのに、敗者のお前が我の木偶を差し出したこと。お前は結局自分のものを何一つ差し出してはいない。それはルール違反だ』
こいつらは人間を遊び道具にしてた。いや、アンデットにとってルーアーは魂みたいなもんだ。人間どころじゃない。こいつは生命さえ冒とくしている。許せねェ!
『死にゆく姿を鑑賞しようと思ったが止めだ。こんな不届きなやつは罰を与えないとな。今、この手で、生きたままその腸を引きずり出してやる』
もう話は十分だ。条件はすでにそろっている。裁かれるのはお前だ。
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