第172話 ゲーム
黒騎士は組んでいた手を解き、手を横に伸ばす。穂先が付いた鎖がザトウムシの背より一本立ち上がった。己の背丈ほど伸びたそれを黒騎士が掴む。するとそれはザトウムシにほど近い根元のところでプチンと切れた。
二メートルほどの槍が出来あがっていた。それを黒騎士は頭の上でグルリと回転させる。
魔法が利かないからって今度は騎士らしく馬上ならぬ、ザトウムシを駆って一騎討ちをご所望ってわけか。
ふん。所詮、黒騎士は七つ口のドラゴンの操り人形。お前にとってこれはゲームみたいなもんなんだろ。さっきは鎖の毛糸玉で俺をひき殺そうとしていた。俺の世界で言えばあれはアクションゲームだな。
ザトウムシから何本もの触手が現れた。そのどれもが蠍の尾のように俺へと向けられたかと思うとザトウムシは怨霊にとりつかれたごとく走りだす。強化魔法のせいで、無数の細い足の動きがより際立ち、一層おぞましく見える。
足や尾の全てが実物の鎖ってわけではない。というか、そのほとんどが具現化されたものだった。七つ口のドラゴンにしてみればフェイントや目くらましにでも使えたら、ぐらいな考えなんだろう。俺がスキル持ちなのは知っているはず。
俺は迷わずブラスターを取るとザトウムシの左側の足の付け根三か所を打ち抜いた。もちろん、実物の方である。
ザトウムシはバランスを崩し、二回三回と転げた。体勢を戻す前に俺はすかさず飛び寄るとザトウムシにタッチした。またもザトウムシは形を崩し、踏みつけられたようにグシャっと地面に広がる。
十歩ほど向こうに鎖の槍を握った騎士が立っていた。瞬時に飛んで巻き込まれるのを回避したのであろう。
俺は脇腹を押さえている左手を外してその手をブラスターに持ち替えた。そして、空いた右手にはヒートステッキを握る。
俺が構え直したことに黒騎士が反応した。武勇のアピールか、はたまた威嚇か、槍を右手一本で持つと旋回させ、左手に持ち替えてはまた旋回させる。腰の周りでも旋回させ、さらには頭上へと持っていく。風切る音をあげ、黒騎士の周りでは槍がグルグルと回転していた。
勢いそのままに槍の穂先が大きく弧を描いたかと思うと地面に叩きつけられた。そのパワーもさることながら、その動きはもはや槍ではない。
しなったそれはまさにフレイル。ドカっと地を打つ炸裂音が辺りに響き、土煙が巻き上げられ辺りを包む。
黒騎士は穂先を俺に向けピタッと止めた。鎖の柄はピンっと水平に伸びている。なるほど。変幻自在ってわけだ。
まさに七つ口の趣味だな。ああ、分かっている。お互い騎士のかっこをしてるからな。お前は格ゲーがしたいんだろ。
黒騎士は構えを変えた。肉弾戦。まさに格ゲーの様相。だが、違和感もある。右手は柄の端を下手に握り、左手は胸の前で逆手に握っている。どっかで見た構え。
黒騎士はその構えのまま俺に向けて走りだした。俺の十歩手前で槍の穂先を地面に向けて突き刺す。
向かって来る勢いと槍での急激なストップで槍がしなった。そのしなり戻りと共に黒騎士の体が大きく宙に舞う。
思ってた通り。それはまさしく棒高跳びだった。やはり七つ口は俺たちで遊んでやがる。黒騎士は空中で体を反転しつつ、俺に向けて槍を振り下ろす。
俺は拡散モードでブラスターを放った。人体を破壊するならこれで十分だろう。黒騎士は案の定、空中でハチの巣となる。だが、安心はできない。相手はアンデットだ。叩き込まれようとする槍の軌道から俺は体をずらすと着地した黒騎士に向けてヒートステッキを振り下ろす。
右肩から左太ももの辺りまで黒騎士を袈裟切りに両断した。地に転がる姿はまるで鉄板焼きの伊勢エビのようである。両半身共に内臓を露わにし、頭の付いている左半身の方だけが未だピクピク動いている。
間髪いれず俺はその左側の切断面に手を突っ込んだ。そして、黒騎士の腸をまさぐる。
ヌメヌメした中に硬い感触がある。それはゴルフボールぐらいの大きさだった。俺はそれを黒騎士の体から引っこ抜く。玉は血で真っ赤に染まっていた。
これがルーアー。黒騎士はというと、見る間に干からびていったかと思うと塵となって風に吹かれ消えていく。
ガクっと膝が落ちた。流石にもう限界だった。血を流し過ぎている。
俺はさっきから何度もこいつと戦わされていた。もう立ち上がれない。手を地に付けた。ルーアーが俺の手から離れればまた黒騎士が復活してしまう。
絶対に放さない。ルーアーはしっかり俺の右手の中にあった。
這いつくばって、俺は何とか頭だけを上げた。森の向こう奥深くで、オレンジ色の魔法陣が妖しく光っている。
『弱き者よ。虫けらよ。文字通り虫の息だな』
そう言うと七つ口のドラゴンは羽ばたいた。森を飛び立ったかと思うと俺の十メートルほど前に舞い降りた。すでに姿を消す魔法は解かれ、実体を露わにしている。
『もう少し楽しましてくれると思ったが、仕方がない。きさまが死んでいくのをここでゆっくりと鑑賞するとしよう。我は弱き者が必死にもがいて生きようとしているのを見るのも好きだが、絶望して息を引き取って行こうとする哀れな姿も大好きなんだ』
ヤールングローヴィの言う通りだ。賢いドラゴンは人間を虫けらとしか思っていない。
『しかし、見ているだけではつまらんか。死ぬまで少しばかり時間があろう。我の名を教えてやったんだ。その対価にその命、我のために使え。なぁに、そんなにむずかしいことじゃぁない。話だ。話をしようじゃないか』
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