第171話 七つ口
うざってぇ。ザトウムシとか思っていたが、これではまるで蠅だ。俺は右手のブラスターをフォルスターに戻し、背中のヒートステッキを抜いた。
鎖の毛糸玉が背後から土や葉を巻き上げ、俺に向かってばく進して来る。幾重にも巻かれた鎖がサスペンションやスパイク代わりとなって鎖の毛糸玉の機動力を底上げしていた。
あっという間に俺のところまで来た。その重量とスピードで俺を跳ね殺そうとしている。
寸前のところで身をひるがえし、鎖の毛糸玉の軌道から外れた。そして、すれ違うその瞬間、ヒートステッキを回転する軸付近に刺し込む。
敵の本体はサーカスのバイクのように鎖の毛糸玉の中を走ってはいない。小さな虫に変化しているとも思えない。魔法陣が現れたのはまだ一つだけなのだ。
だったら考え得るは小さく縮こまっている。体育座りのように膝を抱いて丸くなっている。
俺は竜王の加護持ち。その俺が、一瞬だがヒートステッキを介して鎖の毛糸玉に触れたんだ。しかも、ヒートステッキは刺したまま。毛糸玉が軸を変えて回転すればするほど、地面からの衝撃を吸収すればするほど、その中心はかき回される。ブラスターで一点を抜くより確実で効果的なはずだ。
その考えは図に当たった。一部魔法が解けたのか鎖の操作性が低下し、機動力を失い、のろのろと二度三度、方向転換したところで突如鎖の毛糸玉は崩壊。ハンマーで潰されたかのようにグシャッと、無数の鎖がそこ一面に広がった。
終わった。俺の両膝がガクっと落ちた。
意識がもうろうとしている。甲プロテクターのケースを開けた。WARNINGの文字が赤く点灯している。
強化外骨格の生体認証は生体電気で行われる。それは戦場での生死を確認するためでもある。
出血で下半身も血にまみれていた。やばい状況だと言っていい。敵はというとピクリとも動かない。
意味不明なやつだった。が、倒すのに難しい敵ではなかった。惜しむらくはカンバーバッチのガキ。
やつのおかげでこのざまだ。ふと、森の上ぎりぎりを飛翔するドラゴンの姿があった。魔法で体を消しているが、スキルで目視出来た。
ドラゴンは大きな翼を持ち、四足でトカゲのような体つきだった。大きさは尻尾も入れて三十メートルほどか。色は黒色で、おとぎ話に出て来るいかにもって感じのやつだった。
しかし、それとは大きく違うところもあった。両肩と両膝、それに腹にも口が有ったのだ。
同時に幾つものドラゴン語が唱えられるのだろう。森のジェトリか。そいつが森の奥、光が届かぬ闇の中に舞い降りた。
森で騒いだ報復でもするんだろうか。そいつは森の暗い影から俺を除き見るように身を低くした。そして、尻尾を蠍のように曲げてその先端を俺へと向ける。
『まだ動けるんだろ』
尻尾の先端にオレンジ色のドラゴン語が現れた。目や口も有る。おそらくは、あれがやつの本当の頭。
『王命でわざわざ海を渡って来てやったんだ。がっかりさせるなよ』
王って竜王か? 海を渡って?
『王命?』
『そうだ王命だ。言っとくが、ローラムの竜王じゃないぞ。我はガリオンのラービッティヴォルト』
俺の周りに幾つもの魔法陣がまるで数珠のように、円を描いて現れた。七つ口のドラゴンに魔法を唱えた気配は無い。
背後にだらしなく広がった大量の鎖。その上に騎士が立っていた。足元には魔法陣。空中に多くの鎖が具現化されたかと思うと瞬く間に騎士をグルグルと巻き上げて行く。
俺を囲うように描かれた幾つもの魔法陣にもそれぞれ宙に鎖の束を具現化させる。おのおの瞬く間に毛糸玉を象っていったかと思うとそこから鎖を何本も放ち、地面に付き刺す。あっという間に俺を中心に十体のザトウムシが出現した。
騎士の方もザトウムシが出来上がる。そして、さらにまた、そのザトウムシの下に魔法陣が現れた。二つ目の魔法だ。
地面に広がっていた実物の鎖が吸い上げられるかのように騎士のザトウムシへと吸収されていく。ザトウムシはジンシェンを襲撃した時とほぼ同じ大きさとなっていた。
森のほの暗い闇にオレンジ色の魔法陣が浮かび上がる。
『名前を教えてやったからにはきさまの方からも何か差し出してもらわんとな。まぁ、虫けらに我が名ほどの価値があるもの差し出せるとは思えんが』
サイレント・ギャラクシー―――。それが目的だったか。どおりでブラスターが当たっても鎖の騎士は死なないわけだ。
ガリオンの竜王は死霊使い。俺はブラスターを外してなんかいなかった。ちゃんと腹やら頭に当てていたんだ。ヒートステッキで粉みじんにしてやっと動きを止められた。
騎士のやつはアンデット。
頭がなくとも活動出来る。しかも、すぐに再生する。
種が分かればなんてことはない。ちょうどいい。二人まとめて狩ってやる。
俺を取り巻く十体のザトウムシ、そのそれぞれから鎖の触手が放たれた。先端には千鳥十文字槍の穂先のような錘があった。百を超えるその刃が全方向から俺に向かって来る。
俺はスキル、竜王の加護持ちだ。魔法で具現化されたものなぞ無いものと等しい。事実、俺に触れるか触れないところで先端の刃どころか俺を取り巻く十体のザトウムシはあっという間に跡形もなく消え去った。
『竜王の加護? こやぁ面白くなりそうだ』
七つ口のドラゴンは御満悦であった。たった一匹残った鎖のザトウムシがさらに魔法を発動した。赤い魔法陣が足元に現れる。己に魔法を掛けたところを見ると肉体強化系の魔法。俺が加護持ちだと知って肉弾戦でも仕掛けるつもりか。
アンデットは魔法が際限なく使えると聞いた。それにこいつは七つ口の傀儡。
ドラゴン語も七つ口を代弁しているに過ぎない。竜王の加護を知ったからには当然それ相応の対策をしてきよう。
ザトウムシの背から鎖をかき分け騎士が頭を出したかと思うとまるで舞台のセリがごとく首、肩、胸、腰、足と順を追って姿を現す。
種明かしはされたんだ。やつとしてもザトウムシの体内に隠れる理由はもうない。黒い騎士はザトウムシの背に、腕を組んで立っていた。
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