第170話 ザトウムシ
「ジンシェンに強化魔法を! あれは俺一人で十分。あとは頼んだぞ!」
「何をする気」
「決まってるだろ。やつを倒すんだ」
そうラキラに言うとジュールに指示した。
『ジュール! 隙を作ってくれ』
俺は迎撃する手を止め、ブラスターをフォルスターに仕舞った。ジュールは俺の意図が分かったようだ。返事はしなくてもファイヤーボールの発射頻度が上がった。飛んでくる鎖が次々に吹き飛んでいく。
俺は背中のヒートステッキを抜いた。飛び上がる。
ばく進する鎖のザトウムシは奇しくも空中にいる俺を拾うようなカッコとなった。表皮の鎖を掴むとすかさずヒートステッキを鎖の毛糸玉に差し込む。手ごたえあり。
ふと、またも後ろに人の気配を感じた。今度はラキラではない。後部座席に座っていたシーカーだった。飛んで来て俺の体にぶつかった。
鎖のザトウムシはというとアイスクリームが溶けるように形を失っていく。俺との接触で魔法が解かれたか。それとも、まさしく敵の本体をしとめたか。
鎖のザトウムシが崩れ落ちるのとシーカーと激突したのとで、俺の体は空中に投げ出されていた。地表から十メートルはあった。俺はあられもない姿で崩れ行く鎖と共に頭から落下していく。
地表にぶつかろうとしていた。手を付く。そこから肘、肩と斜め前方に前転した。パルクールでいうところのロールという技術だ。
絶妙な着地だったと思う。今回も強化外骨格に助けられたようだ。回転した勢いで何事もないように体はスクッと立っていた。
一緒に落ちて来たシーカーは?
ガサガサと葉を擦る音とドカドカッと枝に打ち付けられる音がした。俺はそこに目をやる。
シーカーが木々の合間から落ちて来た。地面に打ち付けられて、ウウウウと唸り声を上げている。程なくそいつは己の腕をかばいながらヨタヨタと立ち上がった。
大丈夫か、と声を駆け、近寄ろうと思った次の瞬間、そいつが俺に何かを投げて来た。
俺の足元にそれが刺さる。ナイフだ。左手で投げたようだ。右手はだらりと下がっている。
ナイフには血のりが付いていた。
そいつは接触した時、フードを被っていた。落下時に脱げたのだろう、顔が露わになっている。
顔面蒼白で、カタガタ震えている。おまえは、と俺がそうつぶやくとそいつはその声だけで悲鳴を上げ、踵を返し、片足を引き摺りって逃げて行く。
俺は晒されたその素顔に見覚えがあった。ちょろちょろっと密度のない無精髭。やつは風の鞍の里長のドラ息子。カンバーバッチの悪ガキ。
そこで初めて俺は気が付いた。脇腹に血が滲んでいる。鎖のザトウムシを仕留めたと思った矢先、やつが飛んで来て俺に接触した。
ジンシェンに乗ったところを見ると里を追われ、在地のシーカーになっていた。なるほど。それで俺に逆恨みか。
突然目がくらみ、ガクッと勝手に片膝が折れる。
左脇腹に手をやる。致命傷ってわけでもない。だが、流血はひどい。
カンバーバッチのガキは俺から必死に逃げようとしていた。あっちこっちの木にぶつかったり、足元を取られて転倒したりしている。追うつもりはなかった。というか、追うことが出来なかった。これ以上血を流せば場所が場所だ。命の危険すらある。
ガキはそんなことつゆ知らず、森を奥へ奥へと向かっていた。それが突如、一本の触手に襲われる。それは吸盤のついたタコの足のようだった。巻き付かれたかと思うと縮んだゴムに引っ張られるように一瞬で森の暗闇に消える。
大体予想は出来る。もちろん、消えたのはやつの意図したことではない。ここはジェントリの森だ。彼らはドラゴンライダーを欲していると聞く。そして、その扱いはというと滅茶苦茶だ。カンバーバッチの悪ガキはこれから生き地獄を味わうのだろう。
森が明るくなった。日の光ではない。赤くて淡い、それでいて刺すような鋭い光だった。光源は背後。
振り向くとそこには真っ赤な魔法陣が描かれていた。そして、その魔法陣の中心には鎖の山とそれに体半分埋もれた騎士がいた。そいつは鉄製の黒いプレートアーマーを装備している。
俺は脇腹を抑えた。そんなことやっても血は止まるはずもなく、かといって、何もしないよりかはマシだった。
戦いはまだ終わってはいない。俺はブラスターを取るとエネルギー弾を放った。
騎士が埋もれていた鎖がそれに反応した。一斉に、滝が逆戻りするように動き出したと思うと、俺と騎士との間に鎖の壁を造る。
壁といっても所詮は鉄の鎖だ。当然、ブラスター弾はその壁を突き抜けていく。
当たったのか? この距離で外すわけがない。いまだ壁の鎖は蠢いていた。倒しはしなかったがダメージは与えられたはず。鎖の壁が邪魔をして、敵の状況が目視出来ない。脇腹を抑えている左手の指の間からはというと、血が滲み出ている。
壁となっていた鎖は形を変えようとしている。壁から水柱が立つように鎖の一本一本が次から次へと舞い上がる。それが数メートルまで達すると宙で踵を返し、鎖の壁の向こう側へと消えていく。
その間、二、三秒。壁はあっという間に消え、またあの鉄の毛糸玉が姿を現した。大きさは具現化した鎖がない分前回より一回りか、二回り小さいか。
俺はブラスターを構える。放とうとした次の瞬間、鉄の毛糸玉はその場を移動した。回転して右に左に地面を走る。
小さくなったからか、森での動きは意のままといった風であった。俺はその中にいる騎士を撃ち抜かなければならない。巡回転、逆回転、天地を軸としての横回転。そして、急激な横滑りに軸を傾けたカーブ。動きが変則的なうえ、木々も邪魔し、俺の狙いは定まらない。
しかも、時より攻撃を仕掛けて来る。俺をひき殺そうと狙ってきたり、ゴムボールのごとく飛び跳ね、俺を押しつぶそうとしたりする。
もちろん、俺はその度にブラスターを放った。例によって鎖の毛糸玉は全く意に介さない。俺から離れて行ったと思ったらまたやって来る。ヒットアンドアウェイってわけか。
最悪な展開だ。脇腹を抑える左手はもう血まみれで、左の太ももまで鮮血に染められていた。
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