第167話 嘘つき勇者
ロード・オブ・ザ・ロードで跫音空谷の里へ俺たちを飛ばしたドラゴン。それがまた現れた。
『やつのドラゴニュートには刺も角もない。まったく人と変わらなかった。というか、竜人化というからには人に似せないとな。他のやつがおかしいんだ。全く人の姿に寄せてない。ドラゴンのプライドを捨てきれないんだろうな。セプトンの竜人化なんか、ありゃぁ新種の化物だ』
灰色のやつはよっぽど人間をリスペクトしているとみえる。変わったやつだ。セプトンもそうだったが、賢いドラゴンは人を虫けらとしか思っていない。
そこをいくとローラムの竜王なんか竜人化した姿はかなり人の姿に寄っていた。七福神の福禄寿のような長い頭をしていたがな。
もしかして、人を通り越して神の姿をイメージしているのかもしれない。神と言えば創造者か。今更ながら敢えて創造者って言い方も引っ掛かる。創造主でいいものを。
いずれにしても灰色のやつはローラムの竜王の賛同者、汚い言葉で言えば子飼いで間違いない。
『そのうえ、やつぁご丁寧にも人のように漆黒の防具も着ていたぜ。ただなぁ、その美しさがなぁ。お前なんか目じゃないぜ。女か男か分からない。まじりっ気も何もない氷のような透き通る肌に、青色に少し紅色を挿したかと思えるほど深く青い瞳。銀色の髪は風になびく度にオーロラのように七色の光を放つんだ。しかも、三つ目ってぇのがねぇ。あれさえ無ければ完璧だったのに。三つ目はどうにもならないんだなぁ』
笑えた。ジュールが人の容姿を語るとは。よっぽど人間界に毒されているかとみえる。可哀そうだがお前はもう二度とドラゴン世界には戻れないかもな。
『名前は、アイザックって言ったか』
『!』
アイザック! 漆黒の防具を着てたってさっき言ったよな。そりゃぁまるで嘘つき勇者じゃねぇか。ヴァルファニル鋼はエリノアの実家、パターソン家と関係してたんじゃなかったのか。ガレム湾の魔法のダンジョンもヴァルファニル鋼だという。
創造者が一枚噛んでいるかと思ったが、こりゃぁどういうこった。灰色のやつがアイザックというなら、俺たちの味方だと思えるんだが。
実際カール・バージヴァルはエトイナ山に飛ばさなかった。用が無いってことだ。そして、それがローラムの竜王の指示だとも考えられる。一体何がどうなっている。
もやっとした考えが固まるのを遮るように、ジュールが口を挟んだ。
『? どうした? アイザックがそんなに気に入らねぇか』
どうも俺の中で創造者とローラムの竜王は、重なっては離れ、重なっては離れしている。同一人物とまでは言えないまでも、ふたつは近い存在にある。
『いや、なんでもない』
ともかく、ローラムの竜王がラキラに肩入れしているのは紛れもない事実だ。エトイナ山はラキラに譲られた。多くのドラゴンライダーも付き従うだろう。デンゼルたちがいい例だ。
そして、里の主たちだ。彼らがシーカーの里を守り抜く。エトイナ山を本城に例えるなら、それはまるで支城だ。エトイナ山を支えるため防衛線を張ろうってことだ。
もちろん、エンドガーデンに住む、土民と蔑まれた在地のシーカーも全員エトイナ山に移ってくると見ていい。彼らは職人やら人夫やら行商やら、いろんな職業についている。しかも、彼らは魔法が使えるようにもなる。
ジルドとマウロも必死になって世界樹の森を造るのだろう。ラキラがそこまで考えていたとはな。
ラキラを中心に今までに類を見ない新たな国家が誕生する。それは人とドラゴンが共生する、この世界にとってユートピアのような国。
☆
夜が明けた。森の枝葉の向こうに龍哭岳の壮観なシルエットが姿を現す。山の端は稜線に沿って赤く燃え、天高くはというとコバルトブルーできらめく星がまだ残っている。
シーカーらは鍋に湯を沸かすとそれぞれが手際よく肉やら野菜を切ってそこに投げ込んだ。やがてひと煮立ちする頃、パンを配り、椀にスープをよそって手渡していく。皆の手にパンとスープが行き渡るのをおのおの確認すると一斉にがっつく。食事は一分もかからなかった。
手際よくテントを畳み、囲炉裏には青い石を投げ込む。世界樹の明かりはゆっくりとしぼむように消えていく。朝日が龍哭岳の肩にかかっていた。シーカーの一人が世界樹の炭を缶に入れ、囲炉裏を埋める。
デンゼル・サンダースは兜を被った。そして、俺に向けて言った。
「ここは引き払います。エトイナ山への往復はおそらく昼に掛かるか掛からないか。大岩壁の結界は今日の野営のためにこのまま維持致します。荷物は最小限度にと隊には言っていただくようお願いします」
ラキラもマスクを装着し、ドラゴンのアーメットヘルムを被る。俺も骸骨のアーメットヘルムを被った。
ラキラがジンシェンの頭に乗った。その背にジュールが飛び付く。デンゼルもジンシェンに乗った。他の者たちはお見送りのようだ。兜を被らずにその様子を見守っている。
やれやれだ。分かってはいたが、また乗ることになるとはな。俺はジンシェンに乗り、デンゼルの背後に付いた。俺一人だけ鞍に座るわけにもいくまい。
ラキラが振り向いて俺に目配せをした。俺はうなずいて返事をする。次の瞬間、ジンシェンが走り出した。木を縫いつつ大きく旋回すると瞬く間に森を抜け、龍哭岳の岩場を駆け上がっていく。
あっという間だった。ジンシェンは派遣団の結界に到達したかと思うと結界を避けるよう派遣団を中心にグルリと一周する。
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