第165話 明かり
俺は隊に戻った。イーデンは下馬し、俺を待っていた。緊張感のある表情にうっすらとだがゆとりが見える。タイガーが待っていたことに、ほっとしたようだ。それは派遣団のどの連中も同じだった。
すでにこの場に結界が張られていて、出立は明日の日の出だと伝えた。結界の範囲はショートスピア中心に半径三百メートル。ドーム状だと説明しろ、と付け加えた。
俺とタイガーらは別の場所で野営することも話した。
俺が魔法を無効化してしまうのは周知の事実だ。その俺が皆と一緒に野営するとなれば、逆に皆の不安を煽ることになる。俺たちは遠からず近からず、皆を見守っていることに加え、俺が戻るまで決して結界から出ないこと、それと火気厳禁、結界から抜けた煙がお前たちの存在を外にばらすことになる、と念を押す。
イーデンは俺が魔法を無効化してしまうのをその目で見ている。タイガーの護衛が付いているうえ、俺もそこそこ強いのも知っている。
しかたないといった風の表情を見せた。お前が俺と来たいのは俺もよぉく分かっている。だが、ドラゴンの領域の経験者はイーデンとハロルドしかいないのだ。イーデンは俺が森に移動するのを了解した。
かくして俺は一人、隊を離れた。デカいハンマーと無数のショートスピアを背負った大男たちも俺の背中を追って来る。デンゼルが俺の横に並んだ。
「ご安心ください、殿下。ここ龍哭岳の大岩壁はめったにはぐれドラゴンが現れません。風向きとか気脈とかがそうさせていると我々の間では言われています。地理的にもヘルナデスの全長のちょうど真ん中あたり。森を迂回してここまで来れるはぐれドラゴンがそもそもいないのです。我々が殿下をお守りするのはもしものため」
そういえば、カンバーバッチのガキと喧嘩した時もはぐれドラゴンは現れなかった。
「タイガーがここを待ち合わせ場所に選んだのは跫音空谷の里が近く、集合場所としても分かり易かったってだけじゃぁなかったんだな」
「そういうことです」
俺たちは山を下って行き、やがて巻雲の森に入る。
草木の間に巨大なムカデの最後尾、尻尾のような長い二本の足があった。そこから黒い体節が遊歩道のように森の奥に向かって延々と伸びる。無数の足は遊歩道のガードパイプのようだった。
俺たちはジンシェンの体に沿って森を進んだ。エトイナ山行きは準備万端ということか。
幅二メートル強の背中には各体節に一個、鞍と鐙のセットが取り付けられている。ほんと、前にも思ったが、シートを着ければ見た目はよりジェットコースターに近づく。
やがて森の奥に明かりが見えた。火を焚いているようだが、煙が無い。そこだけ小春日和が訪れたような、柔らかで温かい光に包まれていた。
あれは一度見た事がある。間違いなく世界樹を焚き木にした明かり。
囲炉裏の奥にラキラがいた。その横にはジュールベルグがいて、ジンシェンの頭があった。肉の串が大量に囲炉裏端に突き刺してある。酒もあるようだ。樽が一個置かれていた。
何日も前から待機していたようだ。テントも張っていた。囲炉裏の前に立つ。「邪魔していいか?」と今更ながら変な挨拶をしていた。
ラキラはクスっと笑った。ポカポカ陽気に日向ぼっこしていたようにラキラの頬に赤みがさしている。
「どうぞ。おかけになって」
俺はラキラの向かいに座った。ジュールは丸くなってウトウトしていたが、俺たちの会話を聞いて何とか意識を戻したのであろう、首だけ挙げて『お、キース。調子はどうだい?』とたどたどしく、力ないドラゴン語を見せた。俺は横のジンシェンに視線をやった。
黒目ばかりの大きな目玉。それはヤールングローヴィのようなガラス玉ではなかった。明かりの温かさにジンシェンもウトウトしているのか半透明の膜、いわゆる瞬膜が閉じたり開いたりしている。
『良くも悪くもない』
『そうか。なら良かった』
そう言うとジュールは首を力なく落とした。また夢心地に戻るのだろう。目の前にコップが差し出される。酒のようだ。デンゼルが俺の横に座った。
「世界樹の実で作った酒です」
デンゼルがニッと慣れなそうな笑顔を俺に見せると自分の手にあるコップを一気に飲み干す。
ぷはぁーっと声を上げた。そして、二の腕で口を拭うと旨いぞって顔を俺に向ける。初めて会った時、俺たちが持参したラッガーをデンゼルたちに振舞ったのが思い出される。
なんか笑えた。デンゼルの表情から察せられる。これはあれよりも旨いってことなんだろう。
すぐにデンゼルの後ろから新なコップが部下のシーカーより差し出される。デンゼルはそれと空のコップと取り換えると、新たに手に取ったコップを俺へと向ける。
俺は自分のコップをデンゼルのコップにカチンと当てた。そして、コップに口をつける。とろりとした舌ざわりの後、爽やかな香りが鼻に抜けた。奥行きのあるコクと瑞々しい酸味、余韻にすっきりした甘さが残る。
良い酒だ。俺の表情に満足したのか、デンゼルは、だろって顔をする。シーカーたちは手に手にコップを持ち、囲炉裏端に陣取った。皆で囲炉裏を囲む。
肉を頬張り、酒を飲む。やがて腹が満たされ、酔いが回る。
世界樹の酒に世界樹の明かり。俺たちは魔法にかかっているようだった。言葉少ないと思っていたシーカーたちが、嫁がどうとか、彼女にフラれたとか、部外者の俺がいるにもかかわらず、たわいのないやり取りを続ける。
シーカーと蔑まれ、恐れられているが、彼らも俺たちと何ら変わらない普通の人間なのだ。皆で笑い転げ、皆で涙する。俺とラキラは聞き役だった。彼らの会話は終わらない。
楽しい夜であった。しかし、楽しければ楽しいほど、そんな時間は瞬く間に過ぎて行くものだ。皆が寝静まり、起きているのは俺とラキラだけになった。俺は単刀直入に切り出した。
「俺はこの仕事が終われば、創造者とやらに会いにガレム湾に行く。もしかして、君とはもう会えないかもしれない」
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