第164話 大岩壁
俺たちを見つけたはぐれドラゴンは結界を突破できず、癇癪を起し、殺し合って全滅したようだ。
それはそれでよかったが、俺たちも結構ギリギリを進んでいる。龍哭岳に近づけば近づくほど支配の空白地帯が狭まっていくのは道理だ。
計画では今日、支配の空白地帯限界まで行き、野営する。翌早朝発ち、昼には大岩壁の下に入る。
そうは言っても支配の空白地帯限界ってぇのがなぁ。GPSじゃないんだろ。誰かの書いたいい加減な地図ではちょっとな。
信用置けないし、大事を取りすぎて突っ込めず、かえって野営を増やしかねない。あるいは、行き過ぎてドラゴンの領域で野営をしてしまう可能性だって有り得る。
予定を変更し、野営を一つすっとばして今日中に大岩壁の下に入り、そこで野営して翌朝ラキラを待つ方がいいのではないか。
日暮れまでに大岩壁の下へ行く。そもそも大事をとっての計画だ。行こうと思えば行けぬ距離ではないし、向こうに行けば行くで期日前だとしても、ラキラか誰かが待っていてくれていよう、と俺は思っている。
騒ぎになっていた岩の上にはシーカーに代わって騎士たちが陣取っていた。シーカーから望遠鏡を取り上げて使いまわしている。中には岩からバタバタ降り来て、吐き出す者もいた。
こりゃぁ朝食どころではないわな。
言うに及ばず朝食もそこそこに俺たちは野営地を引き払う。大岩壁の下には竜王の使いが待っている、と事前に言ってあるのもある。出立もそうだが、大岩壁を目指す皆の足取りは自然に早くなっていた。
やはりこの勢いそのままに、大岩壁の下まで行くべきだ。野営して、また昨夜のようなことがあれば、団員の風向きがどう変わってしまうか分からない。
それでなくとも大岩壁に近づけば近づくほど結界は俺たち行軍の間近に迫って来る。最悪、大挙したはぐれドラゴンの殺し合いを行軍の横目で見なくてはならない。
野営だったら尚更だ。眠れないのはもちろん、ストレスで精神に異常をきたしてしまう。
誰もが必死の形相で、馬を巧みに使い岩場を進んで行く。昼飯は馬上で干し肉を食んでいた。
この勢いを意図して削がない方がいい。やはり、皆のやる気があるうちに大岩壁の下に着く。そして、その目論見どおり夕刻を前にして龍哭岳大岩壁が目の前に現れた。
龍哭岳は山頂から東西に半分に切って、西側をそっくり取り除いたような姿をしていた。東側の比較的なだらかな斜面は丈の低い植物が山肌を覆うほど繁殖し、一面緑の柔らかな山容を見せている。
西の大岩壁はというと夕日に照らされ、赤く染まっていた。高さ二千メートルの岩の壁である。旅の恐怖を忘れ、誰もが馬を止めた。圧倒的な迫力と雄大さはもちろんのこと、神々しいまでのその姿に誰もが息をのんでいた。
長城の西が恐ろしいばかりの土地ではない。それもこれも含めて君たちの世界の一部なんだと俺は理解してほしかった。
しばらくはそのままにしておき、頃合いを見て俺は手ぶりで行こうというサインを送る。
慌てず、騒がず、そして、迅速に、誰もが馬を進めた。すでにドラゴンの領域に足を踏み入れている。待ち合わせの日時は明日。
野営は大岩壁の下だ。ラキラがきっと手を打ってくれていると俺は信じている。いずれにしてもイーデンには地雷を展開してもらう。
何もしないよりかはマシだった。敵は空から湧くのだ。地雷はその名の通り、空からの敵には無防備である。そして、はぐれドラゴンはほぼワイバーン型。
俺たちにそれしか手がないのはラキラとて知っていよう。何より、大岩壁の下に集合と言い出したのはラキラ本人なのだ。ラキラが何もしていないはずはない。そして、俺の読み通り、大岩壁の下に人影があった。
デンゼル・サンダースと九人のシーカーたちである。横一線にならんで俺たちを待っていた。
大岩壁をバックに大男たちが並ぶと画になる。どうやらラキラは、ここにはいないようだ。
デンゼルだけでなく、他の九名もフル装備だった。派遣団の連中からしてみれば、その姿は異様に映っただろう。この世のものとは思えない大岩壁も見事なまでに舞台演出を果たしている。彼らはドラゴンの領域で平然と構えていた。
もちろん、シーカー九人は派遣団には入らない。推察だが、彼らはドラゴンライダーだ。デンゼル以外、エトイナ山に行く理由がない。
俺は手をあげて止まれのサインを出す。馬を下り、派遣団を後方に残し、歩を進める。シーカーとの繋ぎは俺の役目だ。デンゼルの前に立った。
デンゼルはひざまずいた。他のシーカーもそれにならう。
「久しぶりだな。デンゼル殿」
デンゼルは立ち上がると言った。
「またお会いできて光栄です」
「ラキラの姿が見えないが」
「巻雲の森でお待ちです。里の主もご一緒致しております」
「一旦下山し、森に入ろうというのだな。了解した」
「いいえ。それは殿下のみでございます。大岩壁の下にはすでに結界が張っております。派遣団ははぐれドラゴンに襲われることはございません」
デンゼルは視線を後ろにやった。
「結界は半径三百メートル。中に入れば外からは感知されません。中心はあの槍です」
三百メートル後方に魔導具のショートスピアが地面に突き刺してある。火を焚いた跡もあった。
そういえばラキラは結界の中で火をおこしていた。煙が出れば結界が意味をなさない。おそらく焚き木は世界樹の小枝なのだろう。
これ以上俺が進むとまずいってわけか。で、デンゼルたち大男が並んでここに立っていた。俺は魔法を無効化してしまう。せっかく作った結界が無くなっては元も子もないからな。
「出立は明日の日の出。殿下のみ、森にお越しください。森まではわたくしどもがお守りいたします。距離はほぼ一キロ」
ジェントリの森に入ればはぐれドラゴンは襲って来ない。そこまでの道中、俺を守るための全員フル装備ってわけか。
「手間をかける」
「いいえ。タイガーもじっくりお話しできればと」
なるほどな。こんな機会またとない。誰気兼ねなく堂々と彼らと話し明かせる。
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