第163話 洗礼
俺が教会で見た画―――。ひれ伏す多くのドラゴンを前にして剣を高々と掲げる赤毛の乙女。その鎧は黄金に輝き、剣は光を放っている。まさにそれに酷似していた。
これがやりたかったんだ、と俺は思った。エトイナ山派遣団に注力していたのは民衆の心に己が聖女であることを植え付けるため。何が魔法の開放だ。出陣式も俺をハブケにするわな。
だが、これはどう取り繕っても所詮絵画の模倣、茶番である。エリノアは乙女ではない。未亡人の子持ちだ。ちょっと考えれば分かりそうなものなのにな。集団心理とは恐ろしいものだ。
かりそめのカリスマ。皆をその気にさせて、最後の最後に裏切る。どうせカールが現れて、各王族から王笏をかき集め、二千年の帝国を作るのだろう。
長城と市街地が接する場所にエレベーターのような昇降装置が取り付けられていた。躯体は木製で、歯車と人力を使って人と馬を長城の頂部回廊に運ぶのだ。龍哭岳の長城の西壁にも同じようなものがすでに設置してあるという。
カールの発掘現場でも同じようなものを見かけた。あれもゼーテ製だという。竜の門に張り付いている住居群で発展した技術だそうだ。
昇降装置に乗ったのは第一陣のメンバーだけだった。他の者は市街地に待機し、第一陣が戻って来てから移転魔法でエトイナ山にジャンプする。
第一陣の主だったメンバーは俺たち七人のほかに、エリノアを団長に護衛騎士のバリー・レイズ。大司教マルコ・ダッラ・キエーザと騎士修道会の総長フェリクス。そして、ゼーテのマリユス。
人員でいうとメレフィスは二十二名で、教団は十名。ゼーテが二十名で、シーカーが五十名。龍哭岳大岩壁の下でおそらくはラキラとデンゼルの二名が加わるから総勢は百十一名となろう。
俺たちは馬を駆って長城の回廊を突き進んだ。勾配やカーブ、滑りやすい石板タイルに苦戦しつつ龍哭岳を目指す。
野営も長城の回廊で行った。朝焼けに燃える東の空を眺めつつ馬を駆り、夕日が西の地平に沈んでいくのを馬と並んで見送った。
はぐれドラゴンはまったく姿を見せなかった。北の響岳と南の龍哭岳を結ぶ線はまだ西側にあるからだ。順調だと言っていい。
長城を挟んで西と東は見せる風景が全く異なっていた。統制された美と調和する多様性の美。長城の上を行くことはまるでご褒美のような体験だった。この世界の奇跡に触れたような気分になる。
だが、観光気分も龍哭岳の麓までだった。これからドラゴンの領域にはいり大岩壁に向かう。
地図上で確認はしたが、響岳と龍哭岳を結ぶラインは俺たちが進もうとするルートから微妙に西にあった。長城との距離を目安に行軍すれば大岩壁へあと半日の距離まではドラゴンの領域に入ることはない。
団員がパニクッたり、何か不足の事態が起こらなければそこまでは行ける。やばいのは結界を抜けた大岩壁までの半日間だ。その間がこの旅の最大の難所と言っていい。
大岩壁の下まで来れば、もう安全は確約される。問題なくエトイナ山に着こう。なにせこれは全てローラムの竜王が望んだことなのだ。ジンシェンもそこには居るだろうし、森のジェトリや賢いドラゴンが邪魔することはないと言い切れる。
龍哭岳の麓、長城からドラゴンの領域に入る地点には話にあった通り昇降装置が設置されていた。建設に携わったゼーテの民とその護衛の騎士たちも長城の上で待機している。昇降装置を稼働させ、俺たち七人を先頭に次々と派遣団を下ろしていく。
ゴロゴロ石の転がった荒野を進んで行くことになる。隠れるところは何もないと言っていい。順調に行っての話だが、野営も二度張る必要がある。俺も経験した。あの時はラキラがいてジュールが結界を張った。今回は何か不測の事態がおこったなら俺とイーデンが対処しなくてはならない。
俺たちにどこまで出来るかだ。甲高い鳴き声が時より空から聞こえてくる。かなり遠くで泣いているようだ。おそらくははぐれドラゴンなのだろう。ゼーテの者たちはその恐ろしさを知っているはずだ。実際二年前に対峙したという。ビビって隊から離れていかなければいいが。
姿は見えない。皆、青ざめ、小動物のようにキョロキョロと当たりを見回している。
一応、ローラムの竜王の結界については説明してある。長城は人に対するだけの境界で、ドラゴンに対する境界は高峰を結んだライン。ここでいうと響岳と龍哭岳の山頂を結んだラインにローラムの竜王の結界が張られている。
全員、理解してくれたと思う。イーデンも、このルートはウィンドウと呼ばれる支配の空白地帯だと野営での会議で発言してくれていた。イーデンはエンドガーデンでは堅物で通っている。俺のような青二才より彼の言葉は重みがあった。
とはいえ、やはり長城の西での初めての野営は恐ろしいものがあった。
ドラゴンの領域の洗礼を受けたのである。はぐれドラゴンが叫ぶ声がギャーギャーと夜中絶え間なく聞こえてくる。やつらは俺たちの存在に気付いているようだ。竜王の結界を突破できないでいる。
叫び声から癇癪を起していると想像できる。あるいは、お得意の共食いを始めたのか。誰も恐ろしくてテントから外へは出られない。いや、出るなと命じてある。
朝になって人員の確認をした。いなくなった者は誰もいない。流石選ばれた者たちだと言っておこう。
おのおの朝食の準備を始めていた。シーカーの一人が大きな岩の上に上がっている。片手サイズの伸縮する望遠鏡を覗いているかと思うとその男は悲鳴のような声を上げた。西を指差している。
シーカーが岩に群がるように集まって来た。次から次へと上っていく。声を上げたやつが、上がって来た一人に望遠鏡を手渡す。そいつは望遠鏡を覗き見る。俺も俺もと望遠鏡はシーカーたちの手に渡っていく。
見終わった者たちが岩から降り、そのうちの一人が俺のところにやって来た。三百メートルほど向こうは、はぐれドラゴンの死体の山。その数は十や二十できかないという。やはり共食いか。
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