第160話 白いドレス
「面白くなさそうね」
ジャクリーンだ。手すりに手をかけると白いドレスを靡かせてひょいっと手摺に腰を掛けた。彼女もまた晩餐会を抜け出していた。
「そう見えるかい」
晩餐会では笑顔を振りまいていたつもりだった。レオンシオにせがまれたクレシオンでの戦いの話も結構ウケていたと思う。
「君こそ今日はどんな風の吹き回しだ。晩餐会の類には出ないと聞いたが」
ジャクリーンは今夜、白いドレスで現れた。思いがけないジャクリーンの登場のうえ、あまりにもみちがえた姿に来賓たちの驚きようはなかった。感嘆の声やら歓声やらでその場が騒然とし、楽団もその手を止めた。
いつも出席しているがごとく平然と会場を進んでいた。皆の視線が集まる中、常に空席となるその席に当たり前のように座る。
歓声など大声は晩餐会では厳禁だ。それで誰かが場を鎮めようとグラスをフォークで叩いた。ところが、その音を皮切りに大勢の人々がグラスをフォークで叩く。
グラスの音がまるで夏の雨音だった。大声が駄目ならばとそれを逆手に取ったわけだ。ローレンス王も、ニーナ王妃も、満面の笑みだった。
俺はゼーテがいち早くメレフィスの魔法開放に賛同したのに疑問を持っていた。ゼーテは潜在的に民衆を恐れている。それは竜の門を見れば一目瞭然だ。
だが、今理解できた。ゼーテはメレフィスのように魔法をチラつかせ畏怖の念を民衆に抱かせる政治をやってはいない。王族は民衆に尊敬され、慕われるように心がけている。国民の手本となろうと努力しているんだ。
実際ソーンダイク家の人々には他にない品位を感じる。おそらくはそういうところからきているのだろう。
リーバー・ソーンダイクは、これ以上、ソーンダイク家から死人を出したくない、と言った。もちろん、それは本心だろう。一見、王家の責務を放棄したようにも見える。だが、別の見方をすれば、ゼーテはそもそも魔法に頼った政治は行っていないという自負の現れなのかもしれない。
だから、魔法の開放もいち早く賛同したし、レオンシオのような男もゼーテにはいる。ジャクリーンのように王女であっても馬に乗って草原を掛けるし、剣を持つこともいとわない。
「あなたには恥をかかせられないと思ってね」
その言いよう。俺はちょっと笑ってしまった。他の男たちに恥をかかせていた自覚はあったんだ。
「なにがおかしいの」
「いや、気にするな。ただ俺は、君にフラれた男たちに同情しただけさ」
「ふん。意地が悪いのね」
「お互い様だろ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。まん丸い月が空にあった。今夜は風が弱いのか雲がゆっくりと動いていた。
「これからどうなるの、わたしたち」
ジャクリーンの言うわたしたちとは俺と彼女のことではないと思う。エンドガーデンのことを言っている。俺の答えを待たずしてジャクリーンが続けた。
「あなたも今、それを考えていたんでしょ」
ジャクリーンは不安なのだ。タァオフゥアとファルジュナールが晩餐会を断っているのを謁見の間で見ている。城門を出て行くのもレオンシオと一緒に見送っていた。
俺はダンスでリフトするかのようにジャクリーンのウエストを両の手で支えると手摺から降ろした。
「エンドガーデンは変わらざるを得ない。君たち王族が人々に道を示すんだ。いがみ合っている暇はない」
「君たち? まるで他人事ね」
君たちはまずかったか。この場合は俺たちだ。ジャクリーンの顔が妙に近い。怒っているのか、大きな瞳が俺を見つめている。
「でも、いいわ。あなたならそういう云い方をしてもおかしくはない。全く王族っぽくない。スイード・ライスマンやコウ・フェイロンと全然違う」
俺たちの血の盟約もどこか隠し窓から見ていた。
「君もな」
ジャクリーンは悪戯な笑顔を見せるとクルリとその場で一回回った。白いドレスがふわっと咲いた。
「アレクシス・チャドラーにも、コウ・ユーハン、ウマル・ライスマンたちにも勝ったんでしょ。強いのね」
「ローラムの竜王のおかげさ」
「ごまかしね」
ジャクリーンはうつむいた。
「あなただからこそローラムの竜王がその力を与えた」
「何が言いたい」
「聞きたかったんだけど」
再びジャクリーンと目が合う。
「あなたの目的はなに」
元の世界に帰ることだ。ラキラと里の長以外、誰も知らない。大丈夫だ。目をそらしてはいけない。平静を保ち、月並みな答えでやり過ごす。
「君たちと同じエンドガーデンの安寧だ」
「いいえ。うそ。あなたは私たちの知らないことを知っている。全部話してはいない」
「それは買い被りだな。俺はエンドガーデンの笑い者。君も噂で聞いているはずだ」
「ローラムの竜王と誰もが会ったけど、話した王族は始祖五人以来、誰もいない」
声が小さい。誰にも聞かれたくないのか、わざと声を抑えている。流れて来る楽団の音楽のせいでジャクリーンの声が近づかなければ聞き取れない。
「とぼけなくてもいいのよ。始祖以来の出来事が今、起こっている。ちょっと考えれば誰でもわかる。ローラムの竜王と何を話したの。教えて。誰にも言わない」
ローラムの竜王がいなくなるなんて言えっこないし、これからも言うつもりはない。
「話なんかしていないさ。俺はただ一方的に命じられただけだ」
「隠し事は嫌い」
「だが、事実だ」
「わかったわ。だったら言わせてもらうけど、出来るだけ多くの人をエトイナ山に連れて来いってあなたはローラムの竜王に命じられたのよね」
「ああ、そうだ」
「それは女もってことでいいでしょ」
「ああ、男女の区別はドラゴンにはない」
「あなたは命じられたことに従っている」
「ああ、そう言った」
「なら、わたしもエトイナ山に行く。ローラムの竜王と話してみる。お父様には言わないでほしい」
ローラムの竜王から情報を得たいのか。ローラムの竜王が話すとは思えんが。それに君はさっき、五人の始祖以外ローラムの竜王は人と言葉を交わしたことがないと言ったじゃないか。
それとも、人々と一緒になって、今そこにある危機に向き合い、立ち向かおうというのか。
「君はローレンス王に黙って行くつもりなのか」
「ええ。第二陣に紛れ込む」
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