第150話 コレクション
やがて、こだまは止んだ。シーンとなっている。
はっとしたフィルが床に転がっている魔法書を拾ってレオナルドに手渡した。ふんと鼻を鳴らすとレオナルドは本棚に行き、魔法書をしまった。
そこにはずらりと魔法書が並んでいる。本棚を眺めるレオナルドの手は己の白い顎髭を撫で、その表情は解けるようにニヤついている。俺たちがその様子をうかがっているなんて全く頭にはないようだ。ひとしきり愛でると、ふふふんと鼻歌交じりに俺たちの前を通り過ぎて行く。
ちょっとボケが入っているのかレオナルドはいつものように魔法書を学匠から取り戻した気になっているようだ。学匠を驚かしては落としていった魔法書をここに持って来て、この棚に並べていた。
魔法書を自分のコレクションごとくに扱っている。コレクターとしては魔法書がどんどん集まって来るのは最高の気分だろう。
レオナルドは上機嫌のまま亜空間のドアを開けると中に入る。そして、ガチャリと鍵を閉めた。ドアは消えてなくなった。
俺たちはその光景を唖然と見送った。通路の先には魔法書が乗った書見台があった。
満足気な表情と反して、なぜか不貞腐れたレオナルドの顔が頭によぎる。俺はレオナルドにフィルが来た説明を全く出来ていない。あれで良かったのだろうか。良かったのだろうなぁ。
おそらくは、もうそんなことがあったってレオナルドは覚えていない。踏ん切りをつけて、俺たちは書見台の前に立った。
「フィル、たのむ。オリジナルは写しとどこが違う」
フィルはうなずくと魔法書に触れる。
地下は物音一つせず、聞こえるのはフィルがページ捲る紙の音のみだった。閉ざされた空間のために余計な音が聞こえて来ない。地下を灯す魔法の炎の揺らめきもなんとなく聞こえてきそうだった。
直ぐに退屈になって地下を歩き出した。興味もないのに棚に並んだ本の題名を、歩きながら眺める。面白そうな題名の本があると自然と足が止まる。それらも何らかの魔法が掛っているかもしれない。手に取ってみたい気になる。俺はそれを何度もぐっと抑えた。
そうやって地下をうろつきつつ一周回って書見台へと戻って来た。フィルはもうすでに全てを見終えていた。
「殿下、わたしが預かった魔法書とこのオリジナルは、寸分の違いもありませんでした」
魔法書は少なくとも、シーカーの里の主レベルでは分からない魔法が書いてある。
ヤールングローヴィは言っていた。
俺を元の世界に戻すのがローラムの竜王でも不可能だというのなら、その上の魔力を持つ者を探す他あるまい、思い当たるのは創造者だと。おそらくはその創造者が俺をこの世界に召喚した。
創造者はローラムの竜王が生まれた時にこの世界から姿を消したという。ドラゴンの間で囁かれる都市伝説みたいなものだ。
もしも、ローラムの竜王がこの魔法書に書かれている魔法を知らなかったとしよう。それは魔法書の存在を知らないという可能性を示す。人類と不戦の契約を結んだ時、ローラムの竜王は人類に住む場所を提供し、ドラゴン語を与えた。
もしかして、魔法は与えていなかったのかもしれない。ドラゴン語は友好の印。あるいは、共生を目的に言語の壁を取っ払おうとしていたのではなかろうか。
魔法は共生する中で人類にじわじわと浸透していくのがドラゴンらにとって最良と考えた。ローラムの竜王のあの感じからしてエトイナ山に登るのは王族に限定しているって訳ではなさそうだ。
限定していたのは人間側じぁないか。現にローラムの竜王はエンドガーデンの多くの人にドラゴン語を与えようとしている。ずっと昔からそのつもりだった。
ロード・オブ・ザ・ロードもそのためだった。竜王の門はというと文字通り門であり、なぜ門の形をしているのかもそうだ。だが、過去一度も開かれたことがない。
誰かが横やりを入れた。もちろん、そいつは創造者だ。どうもそいつは自分のいいように世界をコントロールしたがっている。俺たちはそいつの手の平で転がされているんだ。
☆
ブライアン王の命により、俺たちはコウ・ユーハンとウマル・ライスマンを護送し、ゼーテ国の竜の門へ向かっている。
ヘルナデス山脈沿いに約八百七十キロ南下することになる。メレフィスの竜王の門とゼーテの竜の門は繋がった長城の一部だ。当然その長城の上を行くことも出来る。ただし、ヘルナデス山脈の尾根沿いに長城が建てられていることもあって場所によっては傾斜とカーブが激しく、捕虜の護送には適していない。
因みに長城の門はどれも同じ形状をしているが、メレフィスの門だけが群を抜いて巨大で、それを指す場合のみ竜王の門という。他は竜の門である。
俺たちは整備された幹線道路を行く。近衛騎士団精鋭五十騎と馬車二両、そしてイーデンら六人。さらにはソーンダイクの騎士一人がゼーテの旗を持って同行している。
馬車は捕虜の護送用で、その内一両は誰も乗っておらず陽動のためのダミーと部品交換のためのスペアとして使われる。重装備にはせずスピード重視で十八頭立て。捕虜が王族とかは無視して街で使われる乗り合いタイプのを補強した。
幹線道路だから道のコンディションもいい。何かあったら馬車を止め、円陣を組んで守るのではなく、突っ走って逃げようって考えだ。魔法が使える相手に剣も槍もあったもんじゃないからな。
俺たちの移動は今のところ順調だった。国境ではゼーテの近衛騎士団と合流することになっている。メレフィスの竜王の門から四百五十キロほどの地点、国境の町ブノワトだ。合流まで六日間を予定していて、そのブノワトとはもう目と鼻の先であった。
竜王の門を離れる時にはブライアン直々のお見送りがあった。当然、俺は髑髏のアーメットヘルムに髑髏のマントだ。ブライアンがご満悦だったのはもちろんだが、カリム・サンは案の定、引いていた。
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