第014話 ディール
「殿下、もうその時は迫っているのです。我々はその時のために準備を整えておかなければなりません。王とか議会とか言っている場合ではないのです」
王とか議会とか? こいつ、かっこいいことぬかしやがって。一国の王子を、マフィアを使って酒やクスリや女に溺れさせたやつが言う言葉か。
ははーん。さてはこいつ、 “罪なき兵団”が動き出したのを神の啓示だと思っている。丁度、予言も二千年と言っているしな。
偶然とは恐ろしいものだ。そりゃぁ勘違いしてしまうってもんだ。“罪なき兵団”だろうが、二千年だろうが、結局予言の肝はドラゴンを統べる乙女ってことなんだろ。そもそも有り得ない。夢物語だと言っていい。
大聖堂の、どの壁画に描かれているドラゴンも凶悪な姿をしている。魔法も使えるという。それにあの“ハンプティダンプティ”の軍団と対等に戦っていたんだ。生身の人間に、しかも、うら若き乙女に、そのドラゴンが従うとはとても思えない。
「信じられないのですね、殿下。ですが、教会こそが、真の学び舎なのです」
大司教としては、王立騎士学院でこのことを教えていないのが憤慨なのだろう。絵画の乙女に釘付けな俺をおいて歩を進めた。中央礼拝所を上がったところで立ち止まった。
「殿下、どうしたのです? 今日は特別な用事で来られたのでしょう。さぁ、王室礼拝堂の方へ」
そうだった。俺は侍女、シルヴィア・ロザンの件でここに来たんだ。まぁ、公式には生き返ったことへの礼ではあったが。
大司教は中央礼拝所を進み、さらに奥の王室礼拝所に入って行く。俺も続いた。
先ずは、生き返った礼を言った。大司教は謙遜し、天の思し召しだと言った。全てが型通りである。
「それで、私に懺悔なさりたいこととは?」
アーロン王からの使いも来たのだろうが、俺はあえて侍従フィル・ロギンズを使いにやった。旅立つにあたって懺悔したいと伝えさせたのだ。
仮にも聖職者を名乗っているのなら王族の懺悔だと聞いて知らないふりも出来んだろ。となれば、おおぎょうに人を集めたりもせず、必ず内々での話となる。
「私は明日、ローラムの竜王に会いに、ヘルナデス山脈を越えて西へ旅立ちます。危険な旅になるでしょう。私には神の導きが必要なのです」
「分かります」
大司教は軽く会釈をした。
「では、お始め下さい」
「はい。包み隠さずお話しします。私は数々の罪を犯しました。神への冒涜、いや、反逆です。私は赦しを得たいのです」
「苦しんでおられたのですね。さぁ、続けなさい。神は赦されるでしょう」
マフィアのつながりから侍女に性暴力を振るっていたこと。毎晩、酒やクスリに溺れ、遊女屋に入り浸っていたことを俺は話した。
「明日、旅立つにあたって、償いとして侍女のシルヴィア・ロザンを解放したいと思います。それを大司教に認めてもらいたいのです」
「認める? わたしが?」
大司教は、ここで初めてこれが懺悔ではないと気付いたようだ。マフィアを裏で動かしているのは誰か、ここにいるキース・バージヴァルは知っていると。
「何を、ですかな」
とりあえず、とぼけるんだ。
「ですから、シルヴィア・ロザンという侍女の解放です」
大司教の顔は微笑みを失っていた。
俺はかまわず言葉を続けた。
「宮廷の中にも教会の教えに熱心な者たちは何人もいるのでしょ。伝言はその者らに。私はマフィアとは話をしません。直接あなたと話がしたいのです」
この言葉を良しと取ったか、悪しと取ったか。俺のエトイナ山行が急遽決まったことでカール・バージヴァルが近々廃嫡されるという噂は耳に入っているはずだ。
まぁ、実際は廃嫡どころかアーロン王に命を狙われているのだがなぁ。大司教様といえどもそこまではいくらなんでも把握出来てはいまい。
“罪なき兵団”がこいつにとって思いがけない幸運をもたらしてくれた。おそらくは、さっきの話ぶりからして自分も神に選ばれたと錯覚していよう。なんせ騒ぎの時、民衆は教会に押し寄せたのだ。有頂天になっている。
それ抜きにしても、カールが廃嫡されそうなんだから俺と直接つながりを持った方が良いと考えているはず。しかも、それをこの俺の方から申し出ている。
議会を味方にするカールと敵対することになるから、教会のバックアップが必要だと俺が願い出ているとも取れる。“罪なき兵団”騒ぎで民衆の後押しもある。王室ごとメレフィスを乗っ取るには絶好の機会。これを逃す手はない。そもそもそのために、キース・バージヴァルを女に溺れさせ、薬漬けにしてたんだから。
だが、現実はそう甘くない。キースに王太子の目はない。それどころか風前の灯火なのだ。笑えるぜ。
大司教は勝手にキースが王太子になると踏んでいるんだ。だったら、いつまでもムーランルージュってわけにも行くまい。偽の王座はもう必要ないのだし、なにより、これからのキースにスキャンダルなぞあってはならない。マフィアはもう潮時なのだ。あくまでもキースが王太子になるのならなぁ。
案の定、大司教は俺の提案を飲んだ。シルヴィア・ロザンの今後の安全も神に誓わせた。
シルヴィア・ロザンはというとその日のうちに解放され、王都センターパレスから旅立って行った。もちろん、それ相応の金品を持って。
「面白かった!」
「続きが気になる。読みたい!」
「今後どうなるの!」
と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。