第133話 晩餐会
えらい下からの物言いじゃないか。絶対に断るなということなのだろ? 分かっている。俺もそんなに馬鹿じゃない。確かに公にすれば民衆は何を言い出すか分かったもんじゃない。
捕虜を裁判にかけろ、は言うだろうな。王族のキースだって裁判にかけられたんだ。
気の遠くなるような時間、民衆は王族に虐げられて来た。磔にしろという輩も出るかもしれない。お互い歩み寄りを求めるのなら、やはりここはタァオフゥアとファルジュナールに貸しを作るという感じで、何もなかったように、静かに帰国させるのが妥当なのだろう。
「おおせのままに」
「ご理解、感謝します。明日の朝、陛下が殿下にお会いになるとおおせられました。お会いになられるのは陛下の執務室です。お忘れ無きよう」
ほう。そう来たか。忘れるもんか。あの王の私室だ。アーロン王に毒薬の入った瓶を手渡された。それに、公の場で無くわざわざ個室っていうのもなぁ、なんか嫌な予感がする。
まぁ、所詮相手は子供だ。そんなにビビるこったぁねぇだろうが、それでもエリノアは必ずそばにいる。ブライアンと二人だけってことはないわな。
「かしこまりました」
ポーカーフェイスのエリノアにうっすら笑みが漏れた。俺がごねずに聞きわけがすこぶる良かったからであろう。だが、話はまだ終わった訳ではない。
「エトイナ山派遣団の件で、折り入ってお耳に入れたいことがあります」
エリノアの表情がキリっと引き締まった。いつもの政治家の顔だ。
「何か問題でも」
言葉に棘が有る。デルフォードから俺とシーカーの交渉は首尾よくいったと報告されていたのだろう。
「問題というわけではないのですが、シーカーの護衛の件で」
「いかがしました?」
「シーカー五十人が第一陣に同伴します。ですが、彼らの役目は我々の護衛ではなく、ある魔法の習得」
当初の話とは違った。しかし、エリノアは話に割って入らない。俺の手腕をある程度認めてくれている。じっと俺の目を見たまま俺の話に耳を傾けていた。
「ある魔法とはカール・バージヴァルが帰還式で使ったあの魔法です。第一陣だけがエトイナ山へ行く。残りはシーカーが覚えた転移魔法でエトイナ山へ飛ぶ。もっとも安全かつ大量にエトイナ山へ送ることが出来ます。時間もかからない。そのうえ我々はその魔法のために四つある魔法の一枠を使わないで済む」
エリノアは良いも悪いも言わない。俺の目の奥を覗いている。分かっている。こいつの疑問は護衛でなく、魔法の習得ってところだろ。
これだけは言っておかないと。第一陣はドラゴンに乗る。
しかし、ドラゴンに乗って行くって言うのもなぁ。怖気ついて尻込みしてしまう者も出て来るかもしれない。
百聞は一見に如かず。その場まで黙っていようと思ったが、ドラゴンの領域、大岩壁の下で多くの騎士や兵にパニックを起こされてもかなわない。丁度こいつはロード・オブ・ザ・ロードの存在を知らない。
いや、知ってるか。俺が言ったっけ。おそらくはリーバー・ソーンダイクから詳しく聞いていよう。
待てよ。俺とかソーンダイクとか関係なく、もうすでに耳にしているかもなぁ。こいつには切っても切れないお仲間がいる。ロード・オブ・ザ・ロードを使いなさい、とか言い出さないとも限らない。だが、ロード・オブ・ザ・ロードはもう無いんだ。
俺たちには、道はない。ドラゴンの領域に入り、ドラゴンに乗るのは第一陣のみ。それもドラゴンに乗れさえすれば行って来いの半日だ。
ロード・オブ・ザ・ロードがもしあったとしてもそこを行けば一カ月以上の旅となる。行程が長ければ長いほどリスクは高まる。しかも、旅に耐えられる限られた人数に絞られる。それを考えればドラゴンに乗ることも、シーカーが魔法を覚えることも納得せざるをえまい。
「実はローラムの竜王が使いを出してくれます。多数の不案内の者たちがドラゴンの領域を旅するのはどれだけ危険なことか。大勢の護衛が付いたとしても成功するとは限りません。私たちは最も安全な護衛、ドラゴンに乗ってエトイナ山に向かいます。シーカーの移転魔法は第二陣からです。短期間で安全かつ大量にエトイナ山に送ることが出来ましょう」
半分嘘で、半分ホント。ローラムの竜王の使いなんていない。だが、ロード・オブ・ザ・ロードを消したってことはローラムの竜王がドラゴンに乗って来いと意志を示したってことだろ。
然しものエリノアでも言葉を失っていた。ドラゴンに乗ることに驚いたのか、俺が短期間に王族二人を倒し、そんな話まで付けて来たことに驚いたのか。眉をひそめ、好奇な眼差しを俺に向けていた。
「俺はそうやってエトイナ山に行った」
その言葉にエリノアはピンと来たのか、目をかっと見開く。
俺は確信した。短期間で俺がエトイナ山に行けたのは王国の七不思議に数え上げられている。帰還式で介添人のカールは俺がローラムの竜王に便宜を図って貰ったことを明かしてはいない。
エリノアはやはり知っていた。俺と同じようなことがエトイナ山へ向かう者たち全員に行われる。そうじゃないとこんな反応はしない。
エリノアはまるで嫌な物を見るかのように顔を斜に傾けた。キース・バージヴァルではない。おそらくは何者か分からない俺を心底嫌悪している。
「着替えて下さい。陛下もお待ちですよ。晩餐会にもう一つ花を添えましょう」
☆
大広間の両サイドには二つの長いテーブルが並べられていた。出席者は百人を超えるというのであれば、少なくとも左右おのおの五十人が着席している。正面のテーブルにはブライアン王と王太后エリノア、そしてリーバー・ソーンダイク王太子とその娘クロエ。
俺はおのおの五十人が並ぶ左右のテーブルの中央をブライアン王へと向かった。
俺の登場に誰もフォークを止めたりはしない。おしゃべりも盛んで、給仕は俺の前を横切って活発に動いている。皆、俺の存在を気にも掛けずに食事を楽しんでいる。軽んじられているとは思わない。むしろ、喜ぶべきといったところか。
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