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第013話 赤毛の乙女

俺の言葉でカリム・サンは、はっとした。


「やはり聞いていましたか」


「ああ、マフィアの連中にな。きっと記憶を失う前の俺にもそう言って危機感を煽り、その恐怖心を利用して俺を意のままに操っていた」


それを聞くとカリム・サンは口を結んだ。俺たちの間に重苦しい空気が流れていた。どうにもならないことは分かっているようだった。長い沈黙の後、カリム・サンはため息を一つついた。


「王太子殿下がメレフィス国王になることはもう叶わないのですね」


それが現実だとばかり俺はカリム・サンの目をしっかりと見据えて頷いた。


「生き残るのさえ難しいかもしれん。よっぽどのことがない限りはな」


刀折れ矢尽きたようにカリム・サンは茫然と虚空を見上げた。よっぽどカールを王にしたかったらしい。気持ちは分からんでもない。長い時間を無駄にしたんだ。しばらくの間、そっとしておいた。やがて気持ちが落ち着いたのかカリム・サンは口を開いた。


「ですが、殿下。私の素性を知りつつなぜ、秘密を明かしたのです」


「正直に言うが、誰も信用できないこの状況で俺は藁をもつかみたい気分なんだ」


カリム・サンは、はぁ?って表情を見せた。


「私は藁ですか」


「まぁな。おまえも知っていようが俺には手持ちの駒はない。おまえは議会に通じているしな。言わばお前たちは借りものだ。だが、それは逆に俺にとっては好都合」


「と、申しますと」


「考えてもみろ。これは俺への罠でもあるんだ。カールを殺し、無事帰って来たとしても、俺は捕らわれる。カール殺しの罪を着せられてな」


「毒を盛らなかったとしても、殿下はアーロン王に命を狙われる。それは明らかに陛下への裏切り行為」


「そういうことだ、カリム・サン。王太子の座はいずれブライアンへ譲られる。もう決まったことなんだろう。カールと俺は邪魔者でしかない」


「なるほど。分かりました。殿下は議会に助けを求めるおつもりなのですね」


「いいや。それはない。カールが元気に帰って来たとして、カールはすぐには殺されまい。だが、俺は違う。毒薬を渡されたんだ、それもアーロン王直々にな。死人に口なしっていうやつさ。そして、おまえは議会側の人間。しかも、カールの身辺からかなりの距離がある。言い方が悪いかもしれんが、トカゲのしっぽ、捨て駒の末端だからな。大人しくしていれば、少なくともカールが生きている間は何も起こらない。その間に、俺が事態を収拾する」


「事態を収拾? 殿下が?」


無理もなかろう。手駒がないから藁をも掴むと言っている男の言葉ではない。そもそも人一人の力でどうにかなるなら皆、とっくにやっている。出来ないから皆、身を守るために徒党を組んでいる。


「ああ、そうだ。俺はさっき、よっぽどのことがない限りは、と言っただろ。事態を収拾すれば風向きが変わるかもしれん。昨日手に入れたあれは大事に保管しているだろうな、カリム・サン」


「あれ、ですか? はい。もちろん。ですが、あれが何の役に立つというのです」


カリム・サンが疑問に思うのは仕方がない。一見、それは鎧を飾る骨組みのようだ。あるいは、糸でぶら下げて操作する操り人形にも似ている。


身に着けて鎧にするにはすきがあり過ぎるし、使うとしてもせいぜい全身骨折した患者を固定する医療器具程度、とこの世界の者は考えるのかもしれない。


だが、違う。あれはパワード・エクソスケルトン。別名、強化外骨格。俺の世界では本格的な戦闘にはスーツタイプで、民間人が含まれる市街地では外骨格タイプが常識だった。


強化外骨格はフライホイール蓄電システムを採用し、電気アクチュエータで可動する。フライホイールは磁場からの磁力で動く。地上ならいつでもどこでも動くので、何千年か経った今でも使える可能性は高い。


「いいからあれを絶対に誰にも見せるな。俺が欲しいというまでどこかに隠しておけ。それとお前だ。毒薬のことは絶対に議会に報せるな。お前に類が及ぼうものなら幾ら隠していてもあれは失われてしまう。カールは殺さないと誓おう。だから分かったな。分かったら神に誓ってくれ」





イザイヤ教はおよそ二千年前に興った。ワイアット・ヤハウェをあがめる一神教で、イザイヤとは“ヤハウェは救済者である”という意味を持つ。


エンドガーデンの五国の内、メレフィス、ゼーテ、ソルキアの三国において勢力を誇り、ゼーテには自治領、自治政府を置いていた。


この世界は、俺がいた世界の未来だと俺は考える。言葉もさほど変わらないし、イザイヤ教なぞまるでキリスト教だ。政治形態もこの時代にそぐわない立憲君主制で三権分立も意識的にシステム化されている。旧時代の名残りなのだろう。


だが、地形が違い過ぎる。“矢尻とクローバー”と称する大陸の位置関係。天変地異があったとでもいうのだろうか。


伝説によると有史前、地上はドラゴンの楽園だったという。人類は天から降りて来たとか、かっこよくは言っているが、要は人類はこの世界に後から来た。


天変地異があり、人類は宇宙空間に逃げた。そして、戻って来た。ところが地上はドラゴンと魔法の世界である。それを許す人類も人類だが、どんだけ宇宙に漂っていたかって話でもある。


あるいは、この世界をパラレルワールドだとしよう。では、なぜ、あのアンドロイドNR2“ヴァルキリー”がいたのか。オーパーツのごとく“ハンプティダンプティ”が地中に埋まっていて、それが発掘されるという滑稽なことがなぜ、起こってしまったのか。


パラレルワールド―――。


違うな。


俺が見たアンドロイドやロボットは全て量産型だ。いくらパラレルワールドでも全く同じってわけにはいくまい。あのアンドロイドも俺が使っていたアンドロイドと酷似している。


かといって、未来というのも釈然としない。


大聖堂の壁画や天井画はイザイヤ教の教えが描かれている。天から降りて来る人々と“罪なき兵団”。ドラゴンとの大戦。天使と話すワイアット・ヤハウェ。やはりなにか大事なピースが欠けている。


「お待たせしたようですね」


大司教マルコ・ダッラ・キエーザが立っていた。


「いえ、今しがた来たところです」


俺がそう答えると大司教は手を差し出した。低い位置でなかったことから、ひざまずかなくていいと咄嗟に判断した。俺は立ったまま、大司教の手にキスをした。


正解だったようだ。大司教は満足したのか、俺の横に移動して来た。俺が見ていた壁画を一緒に見ようというのだ。俺は、天使と話すワイアット・ヤハウェの壁画の前に立っていた。


「預言のことは聞かれましたか?」


大司教は、俺が記憶喪失だという情報は当然得ている。王立騎士学院にも足しげく通っているのも知るところだろう。


「預言?」


そんなの聞いていない。だが、宗教には預言は付きものだ。


「そうですか。では、お教えしましょう。預言によるとヤハウェが天に旅立ってから二千年後、神の御子が人の姿を借りて地上に降り立ち、ドラゴンの王となる」


大司教は別の壁画の前に移動した。俺もついて行く。


大司教が立ち止まったその壁画は、ひれ伏す多くのドラゴンを前にして剣を高々と掲げる赤毛の乙女が描かれていた。鎧は黄金に輝き、剣は光を放っている。



「面白かった!」


「続きが気になる。読みたい!」


「今後どうなるの!」


と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


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