第116話 セプトン
全身が黒いゴツゴツした鱗に覆われていた。四つ足で、背に翼を持つ。巨体のわりにあまりに小さな翼から揚力が働いているとは思えない。おそらくは魔法だろう。クレシオンでは風小僧が使っていた。フィル・ロギンズによれば、風魔法の派生形らしい。飛行魔法というものだ。
そいつは見たまんま、サメのようなフォルムで大きな口と多くの牙を持っている。背中には背びれのような角が無数にあり、ドラゴンライダーはというと鼻先に座っていた。
後ろから追って来て俺たちに並ぶ。乗っているのはやはりガキだった。俺にガンを飛ばしている。
俺たちは完全に囲まれてしまった。サメのやつが横で、前方に二体回られている。その二体のフォルムはというと、一体がカジキのように上顎が剣のように伸びているやつで、もう一体が蛇というか、おそらくはウツボなのだろう。俺としてはどっちでもいいのだが、サメ、カジキと来て、もう一体が蛇では様にならない。ということで、ウツボということにしよう。
後の四体は魚のフォルムではないが、雑魚と言っていい。体は小さく、普通のワイバーン型だ。若いドラゴンなのだろう。騎乗しているやつらもほんの子供だ。きっとパシリに違いない。
セプトンに乗っている男とラキラは何やら話をしているようだ。ドラゴンを介しての念話であろう。距離とか風とか関係なく言葉を交わしている。ジュールには筒抜けだ。
『ラキラがお前を乗せているってんで、ぶんぶくれているみたいだぜ、セプトンに乗っている男はよぉ』
ジュールが実況解説してくれるようだ。半分面白がっている。
『なんでそんな男の手助けをするんだって怒っている。魔法の一つや二つ使えたってドラゴンには敵わない、王国は滅ぶんだ、とも言っている』
『で、ラキラはなんて答えている』
『十二支族の里長の考えだ、って反論している。俺は認めないとセプトンの男は言っている』
『やつは何者なんだ』
『カンバーバッチ。里長の息子みたいだな。ラキラは話し合いを諦めたようだ。カンバーバッチの野郎、お前を引き渡せって。これ以上構ってらんねぇ、ラキラは逃げるってよ』
ジュールがそう言うとアトゥラトゥルの翼が畳まれた。急降下して、風の鞍の者達の包囲を抜ける。
森すれすれでアトゥラトゥルは飛んだ。例の巡航ミサイルだ。これならばやつらは追い付けない。このスピードをかってラキラはアトゥラトゥルをこの旅に選んだ。
だが、やつらには魔法がある。こちらは俺がいるためにそれが使えない。案の定、やつらはジャンプして来た。
アトゥラトゥルの前方に次々と魔法陣が現れる。アトゥラトゥルはそれを縫うようにかわして行く。魔法陣はあっという間に遥か後方だ。
ジャンプの条件は二つある。一つは自分が行った場所。もう一つは目標物に一度でも触れている。この場合、後者だ。目標物がラキラ。
ただ、魔法が発動してもジャンプするまでわずかな時間がある。アトゥラトゥルのスピードならその数秒の間で大きく距離を空けられる。
やつらは結局追い付けない。だが、変だ。置いてけぼりにした魔法陣は六つしかなかった。龍哭岳はもう目前だった。もしかして、俺たちが行こうとしている所が読まれている?
『ジュール! ラキラに龍哭岳には行くなと言ってくれ』
『どうしてだ』
『理由を話している時間はない。早く』
『キース、残念だがもう龍哭岳だ』
スピードがあだとなった。
龍哭岳がそびえ立っていた。大岩壁が行く手を阻んでいる。巨大な壁で高さは二千メートルを超える。アトゥラトゥルは翼を広げた。上昇気流を受け、岩の壁に沿って上昇していく。
大岩壁を抜けるともう頂上だ。とことがもう、そこに人影があった。大男だ。アトゥラトゥルも気付いたようで咄嗟に頭を右に振った。急激な方向転換だ。
だが、間に合わなかった。大男は頂上から飛び降りると稲妻のごとくに宙を蹴って近付いて来たかと思うとアトゥラトゥルの二本ある角を掴む。そして、アトゥラトゥルの首に足を掛け、もう一方の角も掴んだ。大男はあっというまにアトゥラトゥルの首にまたがってしまった。
大男の後ろ姿は恐ろしいものだった。おそらくは身長三メートルはあるだろう。背中が異様に広く、そこに所狭しと半月刀のような角が付いている。前腕にも鎌のような爪が左右一本ずつ付いていた。
全身は甲冑のような表皮に覆われ、首は太く、肩は盛り上がっている。腕は大木のようで、アトゥラトゥルの角を握る拳はバスケットボールより一回りも二回りも大きかった。
ドラゴニュート。セプトンが竜人化した姿だった。
セプトンは握っていたアトゥラトゥルの二本ある角の一方を離す。そして、大きく拳を振り上げたかと思うとアトゥラトゥルの側頭部にそれを叩き込む。
アトゥラトゥルの動きが止まった。完全に意識を失っている。翼はまるで強風で裏返った傘のようである。力無くはためいていた。セプトンの重みのせいで頭から降下を始める。
それでも、セプトンは手を緩めない。角を持っていた残りの手も離し、頭上で両の手を握った。まるでハンマーを落とすかのようにそれをアトゥラトゥルの脳天に叩き落とす。荒れ狂う風の中でも気味の悪い鈍い音が聞こえた。
と同時にアトゥラトゥルは大岩壁に接触した。バンッと弾かれたその衝撃で俺たちは宙に放り出されてしまった。一方でアトゥラトゥルとセプトンは何度も大岩壁に接触しつつ、落下していく。
当然、俺も落下している。ラキラらはいち早く態勢を整えたようだ。ジュールが翼を広げ、俺を拾おうと向かって来る。大岩壁は高さ二千メートルほどあった。宙に投げ出されたのは大岩壁のほぼ最長地点である。強化外骨格をもってしても落下の衝撃には耐えられまい。
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