第115話 龍哭岳
そうであればもうこのルートは使えない。使うのなら、まだセイトと湖が繋がっていない今をおいて他にない。
湖から流れ出る川を眼下に、アトゥラトゥルは飛行していた。川にあまり近づくわけにはいかない。ロックスプリングはヘブンアンドアースの支流で、ヘブンアンドアースは南の狭い海に至る。
海に繋がっているせいか、川もはぐれドラゴンの巣窟だ。カール・バージヴァルが言っていた。蛇のようなやつとかワニのようなやつがうようよしていると。ブレストか何か飛ばして来るとも限らない。
おいそれとは近付けない。そういえばこの世界に来て魚類を食べたのは跫音空谷の里以外記憶にない。基本的に、この世界の者は水辺には近付かないのだろう。
アトゥラトゥルは高度をあまり下げず、慎重に進んだ。時には翼を凧のように使い、高度を調整する。
ロード・オブ・ザ・ロードは魔力を持たないものには見えない。一旦そこに入ればその存在を認識できるのだが、魔力を持たないラキラはアトゥラトゥル頼りだ。
もちろん、ジュールベルグもいる。ラキラにいい所を見せたいのだろう。ジュールベルグとしてはアトゥラトゥルより先に橋を見つけたいところだ。ラキラの肩から首を伸ばし、橋を見付けようと張り切っている。
ドラゴンがどれほどの視力を持っているのか分からない。鷹などの猛禽類は人間の何十倍の視力があると言われている。同じように空を飛ぶドラゴンも最低その程度の視力はあるはずだ。
もちろん、魔力を感知する能力もある。そんなドラゴン二体が先を争って、というのは語弊があるが、共に目を光らせているんだ。見落とすはずがない。
ラキラが指をさした。
「ほんと! あったわっ!」
橋はあった。おれの記憶と重なる。間違いないあの石造りのアーチ橋だ。ジュールが騒がないところを見るとやはり先に見つけたのはアトゥラトゥルなのだろう。アトゥラトゥルが念話でラキラに伝えた。
ラキラは喜びのあまり、アトゥラトゥルの背に抱き着いた。手柄は取られたが、ジュールもやはり嬉しいようだ。ラキラの背中を離れ、ラキラとアトゥラトゥルの間ではしゃいでいる。
橋の形状は一つアーチであった。スパンは二百メートルほど。段丘崖の高さが八十メートルほどあるからおそらくアーチの高さは七十メートルぐらいだろう。スパン二百に対して高さが百なら半円のアーチとなるが、ロックスプリングの橋は楕円だ。
アーチ橋の美しさの一つに、バランスの妙がある。橋脚がなく、崩れるか崩れないかという姿に自然との調和を感じる。あるいは、人生の映し鏡として見てしまうのか。いずれにしても人は心を奪われる。
とはいえ、この橋はそもそも魔法で具現化された橋であるから物理の法則とは関係ない。ローラムの竜王は敢えてこの形にしたと思える。跫音空谷の里に飛ばしたことといい、ローラムの竜王には驚かされることばかりだ。
アトゥラトゥルが羽ばたいた。空高くまで舞い上がる。また滑空すると思いきや体を水平に保ち、ゆっくりと羽ばたいている。ラキラが振り向いて何か言っている。風でよく聞き取れない。
「なんだってっ」
『三十日後、龍哭岳の大岩壁の下で』
ジュールの口元に魔法陣が現れていた。ドラゴン語である。魔法陣を見ることによって、発した者の言葉が己の頭の中で聞こえる。俺もドラゴン語で返した。
『分かったとラキラに伝えてくれ』
アトゥラトゥルは龍哭岳に向かっているようだ。連なる山々の稜線が、広大な森の遠く向こうにあった。その中で一際目を引く頂が龍哭岳なのだろう。ラキラはわざわざ俺を集合地点に案内してくれている。
ラキラがそんな手間を掛けずとも部下の一人でも俺たちにあてがってくれればいいものを。それに地名からして名所なのはうかがい知れる。ハロルドなら知っていよう。
寄らなくてもいいって言いたいところだが、ラキラが気を良くしてやってくれている。断ることも出来まい。
『あれを見ろ、キース。見えるか?』
何かあったのか、ジュールが突然そう言った。俺はジュールの視線を追って星空を見上げた。西の方角だ。
『いいや、何も見えないが。はぐれドラゴンでもいるのか?』
『はぐれドラゴンじゃぁない。やつらはジェントリの森には来られない。ドラゴンライダーだ。七人いる』
『何をしているんだ。こんな夜更けに』
『遊んでいるようだ。ラキラが“風の鞍”の者達だと言っている』
『ラキラには見えているのか?』
『ずっと遠くだからな、ラキラも見えていない。どんな風貌をしているのかとラキラに訊かれたから長いマントをしていると答えた』
『遊んでいるって、なんでまた』
『こっちが訊きたいよ。ラキラと同じ年頃の者たちらしい』
『ガキか』
『ああ、ラキラは近付かない方がいいって。やつらはどうせ里には内緒だろ。セプトンを持ち出している』
『セプトン?』
『主までとはいかないまでも、強力なやつなんだろうな。俺がやつの姿形を話したらラキラはすぐに答えた』
『で、ラキラはどうするんだって』
『知らんぷりしてこのまま飛ぶ。龍哭岳から竜王の結界を抜け、一旦エンドガーデンに入る。やつらをまくようだ。里のドラゴンライダーは竜王の結界の外には出られない。そう言うしきたりだ。破れば重い罰が与えられる。それが里長であってもだ』
俺が足手まといになっている。魔法を無効化してしまうからジャンプ出来ないでいるんだ。
『すまないな』
『気にするな。やつら、気付いてないようだ。馬鹿みたいに遊びに夢中になっている』
ジュールがそう言った矢先、魔法陣が幾つも前方に描かれた。紫色だった。やつらがジャンプしてくる。
アトゥラトゥルは進路を妨害され、回避行動を余儀なくされた。魔法陣を右に左に避け、振り向くと一体、また一体とドラゴンが姿を現す。大きいものから小さいものまで七体。
連中はすぐに俺たちを追って来た。一番デカイのはアトゥラトゥルの半分ぐらい。胴回りは太く、その直径は五メートルほどあるだろう。細身のアトゥラトゥルと比較するとむしろ、そいつの方がデカく感じられた。
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