第114話 選択
行こうと思えば行けないわけではない。ライオンの塔があったところからセイトの横をすり抜けるのだ。被害は出るだろうが、行けないよりはましだ。
だが、なぜローラムの竜王はロード・オブ・ザ・ロードを消した。魔力が弱まったのなら結界の方は消してでも、ロード・オブ・ザ・ロードは残しておかなければならなかったのではないか。
いや、違う。それでは本末転倒だ。人類を滅ぼしてしまえって言うんなら、むしろそうしよう。おそらくは打算もあるはずだ。他の大陸からの侵略に対して人類を盾に使う。今、協力者に手をあげるようなことをやってはならない。
ローラムの竜王は灰色のドラゴンに命じて俺たちを跫音空谷の里近く、ジンシェンの元へ俺とラキラを送った。多くの人を運べるのはジンシェンだ。
フィル・ロギンズによれば転移魔法には条件がある。術者の行ったことがある場所。あるいは、術者が触ったことのある物。
転移魔法を使った灰色のドラゴンがエトイナ山に行ったことがないとは思えない。つまり、竜王は考えがあっての、跫音空谷の里だった。あの場所でなければならなかった。
それにラキラだ。ローラムの竜王がドラゴン語をつかえるようにしなかったのはジンシェン。
バーデン・ハザウェイはロード・オブ・ザ・ロードがないのを確認したと言った。すべてを確認したのだろうか。したとしても精々、五つの塔ぐらいだろう。俺の考えではロード・オブ・ザ・ロードのすべては失われていない。
「ラキラ、確かめたいことがあるんだ。遠くまで飛んでもらいたい」
「いいけど、どこへ行くの」
「ロックスプリングの橋だ」
ラキラの表情がぱっと明るくなった。ピンと来たようだ。あの橋さえあれば問題なく多くの人を乗せたジンシェンはエトイナ山に行ける。ラキラは、「行こう」と答えるとアトゥラトゥルに乗る。
里の主、ヤールングローヴィは世界樹の袂でふわふわ浮いていた。
やれやれ。
とどのつまりここに来たのは、自分自身を助けるための旅だった。俺はこの世界に来てずっと家族の心配ばかりしていた。だが、かく言うこの俺が向こうの世界で家族に心配されている。なんせ、寝たきりの植物人間になっているのだからなぁ。ダセーな。
ヤールングローヴィはもう寝ているようだった。礼は必要なさそうだ。俺はラキラの後ろに着く。
アトゥラトゥルが翼と足を体にフィットさせ、蛇のようなフォームとなる。ぐんっと体が沈んで地面が近くなったかと思うと方向転換をした。ドリフトするかのように地面を削って向きを変える。物凄い勢いで森の道を進んで行った。
あっという間にドームの広場に出る。
ジルドとマウロ、そして、デンゼルがいた。彼らを横目に通り過ぎ、アトゥラトゥルは翼を広げた。足で地面を二度三度蹴る。その勢いで飛び上がった。
ひと羽ばたきで遥か上空である。転がる岩の里はすでに眼下だ。また、羽ばたいた。さらに高度が上がる。前方に小さく獅子ケ岳が見えた。山並みがその奥へ奥へと繋がっている。ヘルナデス山脈の山々だ。そして、来る時には確認出来なかった北の狭い海。ヘルナデス山脈に並走していた。
アトゥラトゥルは翼開長を三分の一に絞る。速度を上げるのだろう。高度も少しずつ下がってきているのが分かる。獅子ケ岳の頂上すぐ近くを通り抜けた。
どこまでも続く山々。アトゥラトゥルはヘルナデス山脈に沿って南下して行く。やがて竜王の角が見える。鋭くとがった山頂が特徴だ。アトゥラトゥルはまた、高度を上げた。
北の狭い海が視界に入る。ヘルナデス山脈と並走する海岸線が竜王の角を越えると西に大きくカーブして北へと折り返している。
Uターンする海岸線から平野が広がり、さらに西には森があり、その先にうっすらと山影。エトイナ山である。
翼を畳み、速度を上げた。おそらくはもう目的地まで高度を上げないのだろう。ヘルナデス山脈は東へ緩やかにカーブして行く。王都センターパレスはもう目と鼻の先。
俺たちから見たら王都は左前方となる。正面には煙嵐の森。多くの木々がヘルナデス山脈の裾から流れ落ちるようで、北の狭い海から伸びる平野に向けて広がっていた。
その平野はというと、木一本生えてない。平原キングランである。そこを南西に突っ切ればロックスプリングの橋まで最短距離であった。だが、そこは狭い海同様、はぐれドラゴンの生息地である。俺たちは迂回を余儀なくされる。
ヘルナデス山脈に別れを告げ、煙嵐の森上空を進んだ。バーデン・ハザウェイの言う通り、煙嵐の森にイーグルの塔はなかった。彼がその場に行って確認したって言うんだから他の塔も消え失せているのだろう。
その事実からバーデン・ハザウェイはエンドガーデンの終わりを予感した。とはいえ、確認したと言っても、まぁ、やつ自身には魔力がないんだ。塔が見えるはずがない。ドラゴンにでも見て貰っていたのだろう。やはり全てを確認したとは思えない。
恐れるべきはローラムの竜王だ。もし、ロックスプリングの橋だけが生きていたとしたなら、ローラムの竜王はすべての王族に選択を迫っている。
なかなかどうして、世界最古で最も賢いと言われるドラゴンだ。跫音空谷の里に飛ばしたことも無意味のようで意味があった。全てが計画の内。後は王族たちがどうするかだ。
エンドガーデンと共に滅びるか、それとも人類の救い主として名を残すのか。いずれにせよ、もう王族だとふんぞり返ってはいられない。魔法は特権ではなくなってしまうのだ。
アトゥラトゥルは緩やかな滑空を続けていた。速度は一定で、すでに煙嵐の森を後にし、巻雲の森上空にいる。
ライオンの塔付近に湖があった。位置からいってロックスプリングの水源なのだろう。ライオンの塔を登った時は全く気付けなかった。おそらくはあの時、立ち込める朝霧に視界が遮られていた。今は霧一つなく湖面は月明かりに照らされている。
巻雲の森もそこだけなら癒されもしよう。が、ライオンの塔と蝶の塔の間にあるセイトは以前よりも広がりを見せている。地中に潜るタイプのはぐれドラゴンが少しずつ森を削っていったようだ。セイトはライオンの塔の近くまで迫っている。
森には入れないからといって森自体を削っていくとはな。状況は悪化の一途をたどっていると言っていい。もし、ロックスプリングの橋もなく、このセイトと湖が繋がったのなら。
「面白かった!」
「続きが気になる。読みたい!」
「今後どうなるの!」
と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。