第109話 出生
「異世界の人、御心配めさるな。それについては、タイガーの組織が対応するつもりだ」
何が御心配だ。組織で大勢を占める在地のシーカーはおそらく、長城の西になんて行ったことはない。ましてや魔導具なんて装備もないだろう。護衛なんて程遠い。むしろ、俺たちに守ってもらう立場だ。
「我がブライアン王は、俺の仲間を含め五十五人を第一陣と考えている。内二人が魔法の使える者だ。シーカーからも五十人ほどお願いしたい。里の者は魔法に興味ないと聞いている。だが、そこを押して第一陣だけ護衛をしてくれないか。後は俺たちでやる。どうだろうか。もちろん礼はする。報酬はメレフィスの土地だ。俺は広大な領地を保有している。好きな所を言ってくれ。領民も貴殿の好きなようにすればいい」
ハザウェイの頬が緩んだ。いい話だと思ったのだろう。だが、すぐに表情が曇った。
「いや、それがですな。一つ問題がありまして」
「問題?」
「なんというか、つまり、ロード・オブ・ザ・ロードが消えて無くなりまして。もう誰もエトイナ山に行くことが叶わないのです、我々ドラゴンライダー以外は」
「ロード・オブ・ザ・ロードが無くなった?」
ローラムの竜王は広く魔法を解放するんじゃなかったのか。
「そんなはずはない!」
「残念ながら本当だ。わたしがその場に行って確認したのだから。地上には安全な道はもうない。空を行くしかないが、そのドラゴンライダーが誰も行きたがらない」
確かに、ドラゴンライダーなら尚更魔法に興味はないのだろう。
「王国に手を貸さないというよりかは、貸してあげられなくなったということか」
しかし、なぜ、ラキラは在地のシーカーでのエトイナ山行を決断したんだ。これじゃぁ俺たちどころかラキラの仲間も生きて帰れまい。
こうなれば、ドラゴンに乗せてもらうしかあるまい。エトイナ山に行くったって何もローラムの竜王にドラゴン語を授かる必要はない。ローラムの竜王の姿を拝むだけでも一見の価値がある。
連れて行ってくれるだけでいいんだ。王国の者たちは怖がるだろうが仕方がない。問題はシーカーだ。今まで秘密にしていた。
ハザウェイは、俺が食い下がるを察しがついていたようだ。答えが用意されていた。
「恨まないでくれ。ドラゴンライダーもただ行くだけなら了解してくれよう。しかし、エンドガーデンの者を連れて行かなければならない。ということはだ。エンドガーデンの者を自分のドラゴンに乗せるってこと。彼らはそれをしたくないと言っている。分かるだろ、異世界の人。彼らの気持ちも分かってくれ」
俺たちはシーカーに相当嫌われている。返す言葉がない。エトイナ山までのルートを失い、そのうえドラゴンライダーの手は借りられないとなると俺たちは八方塞がりだ。
「あなたの提示して頂いた報酬は文句ないものだ。我々も残念に思っている」
「俺こそ無理を言って悪かった」
これ以上は話にならない。
「では、失礼する」
しかし、なぜローラムの竜王はロード・オブ・ザ・ロードを消してしまったんだ。もしかして、もうそれすら維持出来なくなってしまっているということか。
ラキラはというと、まだ老人ら二人と話し込んでいる。一方で、ジュールは地面に降りてデンゼルと言い争っていた。ドラゴン語と人の言葉でやり合っているのだが、話は通じているようだ。おそらくは念話なのだろう。デンゼルもラキラと同じドラゴンライダーのようだ。
ラキラはエトイナ山行きをどう考えているのだろうか。詳しく聞かねばなるまい。俺はラキラたちへと歩を向けた。
「殿下っ」
背中からハザウェイの声である。歩みを止め、振り向いた。
「言いにくいことですが、私の見立てでは王国の存続は極めて困難だ。そもそもあなたはこの世界の者ではない。王国に義理立てすることもなかろう。エトイナ山は諦めてここに住めばよい。それ相当の待遇で迎え入れるが、どうだろうか」
確かにローラムの竜王がいなくなり、自衛手段が何にもないとなればエンドガーデンは他の竜王たちの切り取り次第となってしまう。対してシーカーにはドラゴンライダーがいる。これまでと変わりなくやっていくというのだろう。だが、そうはならない。皆、カール・バージヴァルの存在を忘れている。
「お心遣い、感謝する」
俺はハザウェイに礼をするとラキラの元に向かった。デンゼルとジュールは俺に気付いて喧嘩を止めた。ジュールはサッとラキラの背中に張り付く。双子の老人は俺の前に来て、姫を頼みます、と何度も頭を下げた。
ラキラの先導で森へと向かった。老人らとデンゼルは付いて来ない。森の入口で老人らは手を振り、デンゼルは茫然と立ちつくしている。アトゥラトゥルは二本の足と翼を畳み、蛇のように蛇行して俺たちの後ろを付いて来る。
「あのご老人たちは?」
ラキラは頬をほころばせていた。
「姫様を頼みますとだけ言って名前も何も言わなかったが」
「ああ、ほんとそうね」
ラキラはクスクスと笑った。
「ジルドとマウロよ。ごめんね、悪気はないの」
「いい人たちじゃないか。君のことを本当に心配しているんだな」
「ジルドとマウロは私を育ててくれた」
「育ての親?」
ってことは、両親に何かあったということか。
「立ち入ったことを聞いてしまったか?」
「いいえ。みんな知ってるわ。わたし、捨てられていたの。この森の世界樹の下に」
ジンシェンの森と同じように、この世界樹の森にも多くのドラゴンがいた。ジュールのような小さなやつもいればアトゥラトゥルのように大きなのまでいる。形も皆様々で、手が翼のやつもいれば四本足で背中に翼を持つものもいる。
頭が二つのものもいたし、色んな動物が組み合わさったようなやつもいた。一つとして同じものはいない。どれもヤドリギに寄り添っていて、ゆったりと体を休めている。
おそらくはアトゥラトゥルのヤドリギもこの森のどこかにあるのだろう。ドラゴン不在のヤドリギはきっと相棒の帰りを心待ちにしている。ジンシェンの森に比べこの森にはドラゴン不在の世界樹が多くあるように思える。ドラゴンより圧倒的に世界樹が多いのだ。赤子のラキラはそんな世界樹の下に置かれていた。
「ジルドとマウロはドラゴンライダーでもあり、この森の管理人でもあるの。生まれたばかりの私を見つけてね」
笑顔のままうつむいた。
「二人はわたしを世界樹の子だと思ってる」
それで姫様ってことか。しかし、ラキラ。なんだか寂しそうだ。
姫様って呼ぶのも気持ちは分からんでもない。それはあくまでも、ものの譬だ。ジンシェンのような里の主に乗れたり、ローラムの竜王の態度だったり。本人は普通と違って残念なのだろうが、人知を越えた者の出生は、どうしてもこういった謎めいた逸話が付きまとうもんだ。
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