第105話 ジュールベルグ
アトゥラトゥル? あ、このドラゴンの名前な。
「俺たちは一緒に行くんじゃないのか?」
「だから、あなたの仲間の誰か、その人の五感をアトゥラトゥルに繋げるの。その人に何かあったらわたしとアトゥラトゥルが魔法を使ってここにジャンプする。あなたは魔法を受け付けないからジャンプは出来ない。どこかで待っていてもらいます」
まぁ、賢いドラゴンが味方なら誰が来ようとも負けやしないんだがな。いいだろう。あとはイーデンだ。彼に納得して貰えなかったらこの話は先延ばしにする。
「ところで、ラキラ。それはドラゴン騎乗専用の防具か?」
どうしてもラキラの防具が気にかかってしまう。落ち着いて喋れない。ラキラの肩から胸にかけての装飾品。そのドラゴンの顔がどうも俺を見ているような気がしてならない。
「そのかっこは初めて見たが」
俺はそれを指さした。すると、ドラゴンの装飾がぱっと口を開け、俺の指を噛む仕草を見せた。思わず俺は、ワッと声をだして手を引いた。
装飾のドラゴンが笑っている。魔導具か。ラキラの背中から翼が広がり、腰からは尻尾が現れた。ドラゴンのアーメットヘルムも合わせてラキラの見た目はまるでドラゴニュートだ。
ラキラは声を上げて笑った。俺以外の者からしたら、これでは竜人どころか魔王の高笑いだ。イーデンは、殿下ッと叫びつつ魔法剣を構え、俺へと向かって来る。
一方で、賢いドラゴンがイーデンの方に向けて頭をにゅっと伸ばす。イーデンはそのドラゴンの一睨みで動きを止められた。ハロルドはというと、ドラゴンには目もくれず俺に近づいた。ラキラの防具を凝視し、こんな魔導具みたことないと言わんばかりに目を輝かす。
『びっくりしただろ、キース。久しぶりだな』
目の前に現れたのはドラゴン語だ。よくよく見れば防具ではない。生きているドラゴンがラキラの背中にくっ付いている。頭の中に響く声になんとなく聞き覚えがあった。あのカエルのドラゴン………。
見られていると思っていたが本当に見られていた。表情からしてもご満悦のようだった。ラキラの背中から、また声を上げて笑う。その上機嫌さが癪にさわった。
『お前なぁ、空気読めよな。俺たちは真面目に話をしているんだ』
『話はもう終わったんだろ?』
『まだ終わってない』
やれやれだぜ。俺たちは遊びにここに来たわけじゃない。
『しかし、ちょっと会わなかっただけでデカくなったんだな、お前』
一か月そこら前は、カール・バージヴァルに鷲掴みにされて森に投げ捨てられていた。
『ジュール。ジュールベルクだ。俺にも名前ってもんがあるんだよ』
そうかい。こりゃぁ失礼。
『いい名前じゃないか。良かったな』
『ああ。お前は特別だ、ジュールで許す』
はいはい。ありがとな。
「殿下ッ!」
イーデンはドラゴン語が使える。俺とジュールの会話を見ていた。イーデンが心配している。
邪魔するなと言わんばかりに未だ賢いドラゴンがイーデンを阻んでいる。一方、ハロルドはもう俺の傍まで来ていて、ジュールを観察していた。
「大丈夫だ、イーデン殿。こいつは友人だ」
友と聞いてイーデンは言葉が出ない。ちょっとばかりドラゴンの知識があるから余計だ。ここは説明しないといけないところだが、時間がない。手短に済ますとしよう。ハロルドは放っておく。
「エトイナ山に行く途中で知り合った。こいつもれっきとした賢いドラゴンだ。それで提案だが、イーデン殿。俺はこの者たちとシーカーの里に行かねばならない。その代わりにこの大きい方のドラゴン、アトゥラトゥルがお前たちを守ってくれる。どうだ。嫌なら断るが」
いきなりの申し出にイーデンは言葉をつぐんだ。俺はイーデンと離れないという約束を破ることになるのだ。イーデンは目線を伏した。
ドラゴンライダーといい、賢いドラゴンの友人といい、立て続けて起こる出来事に付いて来れていないのだろう。だが、それは仕方のないことだ。賢いドラゴンが守ってくれると言っても一朝一夕には信用出来るわけがない。
やはり、諦めるか。
「はい、分かりました」
はぁっ? 俺と目をそらした割にはいやに素直だな。
「いいのか」
「私は殿下を命に代えてもお守りすると誓いましたが、残念です。殿下がお一人で行かねばならぬとおっしゃるのなら、それは一人で行かねばならぬことなのでしょう」
俺の護衛を諦めざるを得なかったってことか。イーデンはイーデンで俺を守ろうとしていてくれた。
「すまない」
イーデンの善意に甘えてしまうかたちになってしまうのが心苦しいが。
「もう一つだけ、俺の願いを聞いてくれるか?」
おそらくだが、イーデンはこの件を天下の大事と思っている。なんか気が引ける。これは俺個人の問題なのだ。
「はい。なんなりと」
「アトゥラトゥルが守るとさっき俺は言ったが、アトゥラトゥルも俺と行かなければならない。そこでだ、貴殿にはアトゥラトゥルの魔法を施したい。貴殿の見聞きしたことがアトゥラトゥルに伝わるというものだ。何かあればアトゥラトゥルは魔法を使ってここに現れる。アトゥラトゥルは必ず敵を打ち砕こう」
アトゥラトゥルの頭が、さらにイーデンへと伸びていった。その口元に魔法陣が現れる。ドラゴン語だ。
『イーデンと申す者、心配するでない』
アトゥラトゥルはイーデンに顔を寄せた。目玉がイーデンの顔ほど大きい。
『キース・バージヴァル様は竜王の加護をその体にまとっておる。言うなれば我らにとって竜王そのものだ。キース・バージヴァル様がそなたらを守りたいというなら、我は死を賭してでもそなたらを守るであろう。もちろん、キース・バージヴァル様には誰一人、傷一つ付けさせない』
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