第104話 アトゥラトゥル
ドラゴンの背から降りて来た人間は、やはりドラゴンのアーメットヘルムを被っていた。
ラキラ・ハウル直々のお出ましって訳だ。俺はハロルドの腕をどけ、その肩を二度ほど叩く。そして、ラキラの方に向かって歩を進めた。ラキラもスタスタと俺の前までやって来る。
めずらしくラキラは防具をしていた。もしかして本来はドラゴンに騎乗する時、防具を着用するのかもしれない。
異様な形をしていた。右肩から左胸にかけて、装飾が施されたプレートがあるだけで、胸全体をプレートで覆うでもなく、肩当ても、脛当ても、腹付近を守るフォールズもない。
デザインはドラゴンの長い首が巻き付かんとするものだった。ラキラの肩口から首を伸ばし、その後頭部でラキラの左胸を守るようなかっこになっている。
由緒ある魔導具なのだろうが、デザイン的にちょっと不気味だ。アーメットヘルムと合わせて二つ、ドラゴンの頭がラキラの体にあるってことになる。
ハロルドはすぐ後ろで、殿下、殿下と連呼していた。うるさいやつだと思いつつ、分かってる、と少し強い口調で黙らせた。
ラキラ・ハウルは笑っているようだった。アーメットヘルムは脱いではいないが、仮面の下はおそらくそうであろうと感じた。
「今夜はいい夜ね」
エンドガーデン全土から忌み嫌われるゴーストタウン。ちょうどここなら問題なかろう。しかも真夜中だ。ラキラもそう思って姿を現した。
「ああ、雲一つない」
ラキラが直に来たとなれば仕事は終わったも同然。ただ、問題はある。
「ところでどうすんだ? この状況。ドラゴンライダーは秘密なんだろ?」
「大丈夫。長い月日で未だにシーカーの里が見つからないのは訳があるの」
やはり笑っていた。ラキラの声色がそれを物語っている。仮面の下はいたずらな笑みを浮かべているのだろう。魔法で彼らの記憶を消すつもりなのだ。条件もそろっている。ここでならそれは可能だ。
「なるほどな。で、そっちの準備は整ったのか?」
「準備が出来たと言えば出来たのかな」
「………?」
「里は協力できないって。彼らの言葉を借りれば、王国なんてほっとけって」
どういうことだ。さてはラキラ、俺たちを里に連れて行きたいんだな。
また里長たちと話をせねばならんのか。まぁ、仕方ない。相手は海千山千の老巧手どもだ。おっさんの俺が相手をせねばなるまい。仕事は終わったも同然だと思ったが、そうは上手くいかないもんだな。
「まぁ、シーカーたちの言い分も分からんでもない。ずっと密かに暮らしていたんだ」
「そっちの方はどうなの」
「こっちも問題だらけだ。だが、君もローラムの竜王との約束は守るんだろ?」
「ええ。でも、その前にあなたに会ってほしいドラゴンがいるの」
ん? そういやぁ、ローラムの竜王に会った後、カエルのドラゴンが言っていたな。ラキラが元の世界に帰れる方法を里の主に相談するって。
望み薄だな。俺自身、すでにその道は検討を付けている。とはいえ、里の長たちとは話をしなければならない。
「手間を掛けさせたようだ。すまない。捕虜は解放しよう。協力してくれるな、ラキラ」
このドラゴンの大きさからいって五人ぐらいは楽勝だろう。捕虜はそれこそ記憶でも何でも飛ばせばいい。
「残念ですが、キース。連れて行けるのはあなただけなの。わたしがここに来たのは皆さんのエトイナ山行きとは関係ないのです。里の主と会うだけという条件で里長から許しが出ました。わたしは里の主にマレビトの話をした」
ローラムの竜王は俺をマレビトと呼んでいた。里の主が俺に会いたいとなれば、元の世界に帰れる方法を何か知っているのか。
いや、それはない。ローラムの竜王が無理だったんだ。それはラキラとて知っていよう。それでもなお俺をその里の主に会わせようというからには新たな情報があるということか。
「話を聞くのはあなただけの方がいい」
確かに情報は幾らあっても無駄になることはない。それに俺が異世界人で、帰りたいことは誰も知らない。
イーデンは、俺が命じてから一歩も動いてなかった。護衛騎士らしくいつでも動けるように構えている。
俺たちが苦労してここまで来たのはエトイナ山行きを成功させるためだ。俺のためではない。それに俺一人で行ってしまえばイーデンとの約束を破ることになる。
「エトイナ山行きとは関係ないって言ったな。それはどういうことだ」
おまえもローラムの竜王と約束したはずだ。俺たちはやらなくてはならないことがある。
「さっきも言ったとおり里は今回の件に首を突っ込まないと決めました。ローラムの竜王が御所望なら在地のシーカーでも使ってお茶を濁せって」
そういうことか。それでさっき、準備は出来たのかなって変な言い回しをしたんだ。里は知らぬ存ぜぬで、ラキラに全て押し付けようとしている。
「だから、キース。里長たちはあなた以外、王国の者を一歩たりとも里へは近づけさせない。どんなことをしても」
里は王国と縁を切ったってことか。だとしたら最悪、何も知らず里に近付いたら、今度はシーカーと戦争になっていた。ドラゴンライダーのお出ましってこともあり得る。
「王国は放っておくのは分かる。だが、君たちはどうなんだ。魔法には興味ないのか?」
「わたしたちにはドラゴンがいるもの。それに里の主は魔法が使えるようになったらドラゴンには乗れないっておっしゃっていました」
ローラムの竜王はラキラにドラゴン語を与えなかった。そもそもドラゴンとは意思疎通出来ていたんだ。
それにドラゴンに乗れるのなら、魔法なんて必要がない。いや、むしろドラゴン語を覚えれば使える魔法の数が制限されてしまう。そりゃぁ、里長も興味は失せるよな。
「仮に君が言うように俺一人が行くとしてだ、俺の仲間たちはどうする。俺たちを襲ったやつらに新手がいないとも限らない」
「大丈夫。わたしとアトゥラトゥルがいる」
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