第103話 上位種
紫色の魔法陣で思い出すのはカール・バージヴァルだ。アーロン王の怒りを買い、魔法の攻撃を受けた際、展開した魔法陣は紫色であった。
やつはその魔法陣に自ら飛び込み姿を消した。俺とラキラ・ハウルをジンシェンの里まで飛ばした魔法陣も紫色だった。上空に浮かぶ魔法陣はおそらく空間魔法だろう。
攻撃を加えるような、あるいは自身を強化するような魔法は赤色だ。上空の魔法陣の色から判断するに、俺たちが直ちに襲われることはない。
その辺のことはハロルドには分からない。敵の攻撃かと思ってか、矢を取り、弓を構えた。そして、俺に視線を送り、ゴクリと喉を鳴らす。
ラース・グレンが旅立ってすでに五日が経っていた。俺としてももうそろそろだとは思っていた。しかし、会うにしても魔法を使って来るとは思ってもみなかった。しかも、魔法陣が現れたのは遥か上空である。
単に人だけが送られて来たとするなら、これでは完全に自殺行為だ。だとすると考えられるのはドラゴンと一緒だということ。ハロルドは驚くに違いない。いきなりドラゴンが空から現れるのだ。
案の定、魔法陣からドラゴンが現れた。ワイバーン型である。はぐれドラゴンもワイバーン型が多かったが、それと明らかに雰囲気が違う。
猛禽類のような足があり、首は長く、尾も長い。まるで体は蛇のようだ。手が翼であり、翼開長はというと頭から尻尾の先よりも長かった。
それがガーディアンの頭頂部に向けて滑空してくる。近付くにつれその姿も明確になる。大きさもさることながら頭に二本の角。月光に濡れたように光る青い鱗。そして、尻尾の先には矢羽のような三枚羽。翼を広げ、悠然と降りて来る。
弓を下ろすよう、ハロルドに命じようとした。が、その必要はなかった。ハロルドはその美しさに見とれている。弓を引く手は自然と下ろされていた。
もしかして、ハロルドははぐれドラゴンとしか遭遇したことがなかったのかもしれない。本来、賢いドラゴンは世界樹にへばりついている。
森でバッタリ会うしかその姿を見ることは出来ない。だが、賢いドラゴンが人に姿を見せるとは思えない。ハロルドはここに来ようとするドラゴンが賢いドラゴンと分かっているはずだ。
形だけで判断したら痛い目に会う。まぁ、魔法を使っていたし、降りて来るドラゴンの雰囲気からはぐれドラゴンと間違うことはないと思うが。
それについては誤解がないように敢えて言うが、ワイバーン型ははぐれドラゴンとか決まっているのではない。ロード・オブ・ザ・ロードで会った灰色のドラゴンはワイバーン型だった。
ヤドリギを持ったドラゴンはワイバーン型だとしても風格というか威圧感がはぐれドラゴンのそれとはまるで違う。風格とか威圧感という点でいえば人間の王もほど遠い。賢いドラゴンが人間の上位種たるゆえんである。
賢いドラゴンは塔に近付くと翼をはためかせ減速した。着地に備え、魂が抜かれたようなハロルドの首根っこを掴むとズルズル引き摺って端へと向かった。頭頂部中央に着地のスペースを造る。ここへ来てドラゴンに押しつぶされたなんて笑い話にもならない。
ドラゴンの、鷹のような足が搭のツィンネを掴む。状態がゆっくり下りてきて石板タイルにも手の鉤爪が掛る。大きな翼はというと背中側に綺麗に折りたたまれていた。
尻尾は頭頂部からはみ出していた。頭は蛇が鎌首をもたげたようにずっと高いところにある。その首が俺の方に向かって来ている。
「殿下っ!」
下の階にいるはずのイーデンの姿があった。すでに魔法剣を発動していて雷をまとった剣を手にしている。シュガールも搭の壁面から次々に頭頂部へと上がってきていた。
やはり賢いドラゴンの威風はただならぬものがある。感覚が研ぎ澄まされている今のイーデンには分かったのだ。目を血走らせ、俺に向かって来る。首を下ろそうとするドラゴンの動きが止まった。
「だめだ。近づくな!」
そう言ったのはハロルドだ。俺もイーデンに、動くなと手で押しとどめるサインを出した。イーデンは俺たちの十歩ほど向こうで動きを止める。
ハロルドは弓を捨て、右手を広げて俺をさえぎるとドラゴンの頭を見上げた。
「ここはわたしにまかせて、殿下は退避を」
武器を捨てたということはドラゴンと交渉でもしようとしているのか。まぁ、弓では相手にもならんしな。
「さぁ今のうちに」
と、ハロルドが俺に囁いたそれもつかの間、一旦止まっていたドラゴンの頭がまた動き始める。ハロルドの額につつっと汗が流れた。
別にドラゴンは俺たちを食おうとしているのではない。背中にいる誰かを下ろそうと姿勢を低くしているだけだ。
シーカーらはドラゴンに乗る者たちをドラゴンライダーと呼ぶ。王国に属する人間は誰一人その存在を知らない。シーカーは怪しげな魔導具を操り、ドラゴンと戦うということだけが一部の者に知られている。
ドラゴンと戦うイメージのシーカーがまさかドラゴンに騎乗するとは考えてもみない。いや、それ以前にドラゴンを操れる人間がいること自体、信じられないことなのだ。
案の定、イーデンも、ハロルドも、ドラゴンの背中に人間がいると知るとあっけにとられたようだ。二人とも柄にもなく、きょとんとしている。
その人間はドラゴンの背を伝い、翼を使って滑り降りて来た。ドラゴンが自らの翼で造ったスロープだ。ドラゴンが人に従順なうえ、気づかいしている風景に二人はただただ言葉を失う。
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