第101話 ケープマント
見る間に巨人はガーディアンの高さを越えていく。次の一撃でガーディアンは倒壊するかもしれない。水の触手もあちこちで暴れ始めていた。
冗談じゃない。巨人が塔を破壊する。まるでタブロイド紙の風刺画のようだぜ。
俺は助走をつける。ロンダートからのバック転。二度回転し、伸身宙返りでツィンネを越え、塔より頭一つ飛び出た巨人の、その顔に突っ込んでいく。巨人は消え去り、俺は回転しながら落下していった。
パルクールというスポーツでは八メートルの落下でも怪我をしない。その技術を元に考案された強化外骨格の運用方法で、生身の人間の十倍、八十メートルの落下を可能にした。
着地と同時にバックロールで受け身を取る。無表情を顔に張り付けたような雨男に動揺の色が見て取れた。よほどパニクっていると見える。まさか、塔から飛び降りて無事立っていられるとは思っていなかったようだ。
雨男は幾つのも水の触手を向かわせた。おそらくは巨人を造った魔法だ。頭頂部での触手と違い、こちらは形状も動きもやつの想いのままなのだろう。だが、俺には関係ない。やつもそれは分かっていように。
当然俺は、襲って来る水の触手をよけもせず、一直線に雨男の下へ向かう。
俺を追うように、または俺の行く手を阻むように、無数の触手が槍のように俺に突き立てられる。
「邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!邪魔ッ!」
俺に遮るものは何もない。全てが俺の体に触れるか触れないところで消えていく。
雨男の顔からは無表情が剥がれ落ちていた。そこにあるのは怯えきった顔つきである。触手の攻撃はパタリとやんだ。その代わりに俺の前に分厚い水の壁が幾つもそそり立ち、やつにはシュガールの時の様な水のドームが覆いかぶさる。
直感的に理解した。壁の方は巨人を造った水を思い通りに形を変える魔法で、ドームの方はというとそれ専用の防御魔法なのだろう。
魔法軽減とか何か効果が付与されていると見ていい。しかし、それが今、ここで、何の役に立とうという。俺は幾つもの水の壁を突っ切り、水のドームを突破する。
「だぁかぁらぁ! 無駄だっーーーつうの!」
思いっきり雨男を殴ってやった。雨男は飛んで行って床に転がった。
雨が止んだ。今までの豪雨が嘘のようだ。屋上の石板タイルも灰色に乾いていた。塔を襲う全ての魔法が解除されたのだ。おそらくイーデンも上手くやってくれているのだろう。カーディアンを見上げれば、矢は飛んでいなかった。
俺は雨男を抱きかかえた。身元を確認しなくてはならない。次の瞬間、突風が吹いた。
吹き抜けた先を見ると男が一人、宙に浮いていた。黒髪で目がギョロッとした口髭顎鬚の男だった。腰までの、丈が短いケープマントをはためかせている。そしてその手には、今しがた俺の脇に抱えていたはずの雨男が抱かれていた。
やはり王族はもう一人いた。見るからに風を操っていそうな感じから、矢は間違いなくこの男だと思った。どおりで矢に魔法の形跡がないわけだ。操っていたのは矢ではなく、風。
宙に浮いている姿から尾行もこの男がやっていたとうかがいしれる。まさか空から俺たちを監視していたとはな。
おそらくは太陽を背にして俺たちを見ていたのだろう。もしそうなら、何をやってもどうにもできない。
戴冠式の、あの混雑でも上空から見ればなんてことはない。渡し場の船を見ていた時もこいつはせせら笑っていたんだろうと想像する。野営した時、空に鳥がいなかったのも納得できる。
アーロンの兄弟たちもそうだが、魔法も大したものだとつくづく感心させられる。使いようによっちゃぁ相当のアドバンテージだ。ありがとな。勉強になったぜ。お礼はちゃんとさせてもらうよ。まさか受け取らないなんて野暮はなしだぜ。
「さんざん遊んでくれたなぁ、風小僧」
空中にいる風小僧は余裕のようだ。雨男も奪還したし、逃げようと思えばいつでも逃げられる。だが、俺がさせると思うか。冗談抜きで俺はおまえを逃がさない。これ以上、面倒事はご免だ。
「逃げられると思うなよ!」
俺は風小僧に向けて飛んだ。もし逃げようもんならブラスターを最大出力でぶっ放してやる。
俺から不穏な空気を感じたのか、風小僧は逃げなかった。やつも勝負所だと悟ったのだろう。待ち構えたように赤い魔法陣を展開する。そして、拳を大きく振りかぶるとその魔法陣に向けて己の拳を叩き込んだ。
魔法陣から衝撃波が発生する。魔法陣をぶったたいたのだ。これは物理現象ではない。魔法だ。
当然、俺には通用しない。衝撃波は空中にいる俺を置き去りにして、後ろにあった多くの家や屋敷を、爆風さながら粉みじんにして消し飛ばす。俺はというと、風小僧に近づいて行く。拳を大きく振りかぶった。
風小僧は驚いていた。呪文を唱えると魔法陣が現れて風小僧を中心に回転した。まるで机上に回転するコインのごとく球体を描くと風小僧を覆う。
雨男と同じようにバリアを張ろうとしている。おそらくは何かの効果を付与した空気壁なのだろう。が、どおってことない。
こいつらは、俺のスキルやイーデンの魔法をよく研究していた。対策もバッチリだった。だが、今一歩だったな。片手落ちだ。
おまえらの敗因は強化外骨格、パワード・エクソスケルトンを甘く見たことだ。王族たちが噂していた決闘裁判は茶番ではない。俺は魔法も権力も使わず、この拳で、神の手アレクシス・チャドラーを打ち負かした。
俺はその拳を風小僧にぶちかました。魔法で防御しているから地面に叩きつけられても死ぬことはなかろう。お前次第だがな。
風小僧は雨男共々、高い打点でスパイクを打たれたバレーボールのように空を切り裂き、地上に向かって飛んで行く。
崩れかかった壁を幾つも突き破って、降り注ぐ瓦礫と濛々《もうもう》とする砂煙の中に姿を消したかと思うとイーデンの地雷が発動する。轟音と共に閃光が放たれ、スパークが辺りに猛威を振るう。
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