第100話 ツィンネ
肌が粟立つ。矢は教会の屋上にいる男と関係ないように思える。やつの魔法は全てが水に通じている。どうやらやつの目的は俺たちを塔の上に釘付けにすること。
王族はもう一人いる。そして、それが意味することとは。
本命は矢。俺には魔法が通じない。王族の一人が動きを封じ、もう一方が止めを刺す。高低差や距離があろうとも、矢は必ずここに届く。
塔の上っていうのがいけない。俺たちは逃げも隠れも出来ない。いい的にされてしまっている。
ツィンネに立っている女は最悪だ。ツィンネから飛び降りればフィルが投げたコインと同じ運命をたどる。かといって、反対側は奈落の底。
ツィンネの女は無言で俺たちの方に向き直る。状況は察しているようだった。もう一人の女の方に視線を送る。青ざめ、感情が抜け落ちたその表情から、すでに矢が放たれたのがうかがい知れる。
視線を向けられた女は届かないのに手を伸ばす。イヤーと叫ぶ以外、女には何も出来なかった。大丈夫、分かっているよ、と言うようにツィンネの女はうなずいて微笑んだ。
篠突く雨の中、ツィンネの女は手を大きく開いた。体を出来るだけ大きくして矢の的になろうとしている。矢が飛んでくる方向から言って、もう一人の女は丁度ツィンネの女の影になる。
俺に残された手段は矢の軌道上にブラスターを拡散モードで打ちこむことだけ。つまりは運任せ。どれだけの者を助けられるか。確率は俺を中心に下がっていく。
おいっ! と声がした。ハロルドだ。メンバーの荷物が置かれた山のそばにハロルドがいた。次々に盾やら食料袋やらが宙に弧を描く。皆、投げられた物を順次受け取っていった。落としたら元も子もない。上手くキャッチしてそれを頭上にかざす。
ハロルドは心が折れる瞬間が全くないようだ。この局面で咄嗟に対処を考えた。バカと評したのを訂正しなければなるまい。
俺も盾をキャッチした。狼狽え、ツィンネに向かって手を伸ばすシーカーの女にも盾が渡った。俺はこの雨にもかかわらず全く濡れていない。魔法無効化のスキルが効いているのだ。この雨自体が魔法。
ツィンネの女に走り寄るとその手を取り、ツィンネからドンと肩に落とす。見上げると上空に大きく弧を描く無数の矢があった。拡散モードのブラスターを矢の軌道上に向けて三度撃つ。そして、盾を空に向ける。
バババババッと矢が盾を叩きつけた。幾つかの矢尻が盾を貫通している。
俺たちを狙って矢を放ったのだ。間違いなく矢が届くとは思っていたが、この威力。いったいどういうトリックだ。ガーディアンの高さを考えれば少なく見積もっても一キロの三割増しは飛ばさなくてはならない。しかも、この豪雨の中をだ。
狙いも正確だった。ブラスターで消し去った矢以外はガーディアンの頭頂部に到達していた。総数の半分ほどだったが、その全てが頭頂部を外すことなく次々と石の床に落ちる。当然、水の魔法が発動し、その触手で、コインのように踊って、瞬く間に粉々になる。
全員無事だった。矢を受けていた者もいたが浅手だ。
ハロルドのおかげであったが、昨日より条件が良かったのも幸いした。日中であり、雨が降っているせいもあって矢の進む線上に飛沫が立ち、軌道が丸見えだった。
女を下した。魔法の雨は俺にはないのと同じだ。俺の周りには雨水がない。
「自分の身は自分で守れるな」
盾を手渡す。女はうなずいた。
とはいえ、これをずっと続けるわけにはいかない。雨に打たれ続ければ体温が低下し、動きが鈍っていく。第二波が訪れた。
全員、軌道を読んで防御するタイミングを合せる。俺はブラスターを放つ。そして、女がかかげる盾の影に入った。
第二波もなんとかしのいだ。無数の矢に突き刺さった盾や荷物袋はもう役に立たない。それを塔の外に捨てさせ、俺は代替えを順次手渡していく。手の回らない所にはハロルドが投げていた。
「イーデン殿、弓兵は任せた。俺は雨男をやる」
イーデンは明らかに、雨男と相性が悪い。弓兵が並んでいる丘の上は雨雲がなく、ずっと変わらず日が差していた。向こうの敵には電撃が通じる。
「承知した」
イーデンはシュガールを向かわせた。
突如、振動が起こった。ガーディアンが揺れている。さらには、岩に当たった波のように飛沫が頭頂部を襲った。
俺は北側のツィンネに駆け寄った。見下ろすと水の巨人がガーディアンを両の手に持って頭突きを喰らわせている。雨男の四つ目の魔法だ。これで確定といっていい。矢のやつはまだどこかに潜んでいる。
水の巨人が頭を打ち付けるたびに、頭頂部に飛沫が上がっていた。ガーディアンはまるで嵐の中の灯台のようだった。
水の巨人のめちゃくちゃな攻撃にガーディアンは持ちこたえている。クレシオンのやつらを想うと痛快だった。よろこべ。城に見立て、必要以上に強固に作っていた甲斐があったってもんだ。
だが、笑ってもいられない。巨人は頭を打ち付ける度に形を失い、復活する毎に多くの雨水を吸ってより巨大化していっている。雨自体が魔法だ。教会の上のすました王族が術を解かない限り、巨人は無尽蔵に巨大化していく。破壊力も際限なく上昇していくのだろう。
足元も心配であった。塔の震動で水の触手も小さく踊っていた。揺れにバランスを崩せば、それだけで串刺しとなる。
ツィンネと床の角ではすでに人を貫けるほどの触手が立っていた。もうすでにツィンネ自体が崩れ落ちている箇所もあった。塔が崩れ落ちるまで俺たちはもたないかもしれない。
俺は敵の攻撃の要が矢で、水の魔法はそこに導くための補助だと考えていた。ところがだ。矢も釘付けの一環だった。いや、昨夜の矢の攻撃こそ、ここに誘い込むための罠だったのかもしれない。
俺たちは川を渡った時点でここに来させられることになっていた。クレシオンの興亡はエンドガーデン全土で語り草となっている。ガーディアン建設の真実もそれに拍車をかけていた。
噂が尾ひれはひれつき、天罰だとか、悪霊に街を支配されたとか色んな逸話が生まれた。どの王国でもクレシオン出身だと言えないほど誰もがクレシオンを忌み嫌っていた。
川を渡れば牧草地を通る。草原での弓の攻撃は俺たちをここに誘導するためのもの。敵を待ち構えていたつもりが、俺たちは逆に追い込まれていた。誰も近付かない不吉な街クレシオンで、敵は俺たちを人知れず塔と共に葬ろうと考えている。
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