第010話 罪なき兵団
一般人の俺にしてみれば、人身売買や性奴隷が許せないのは当然のことだ。だからと言って、すべての不幸な人々を解放するなんて思ってもみない。転移する前の職業柄、現実が余りにも過酷で理不尽なのは分かっている。
キースというガキが権力者というのが気に入らねぇ。マフィアが政治に係わろうとしているのもいただけない。もうシルヴィア・ロザンだけじゃぁ気が済まない。クソ権力者に一泡吹かせたいって気持ちがある。
いずれにしても、俺に入れ替わったキースは危険である。妻も娘も心配だ。どういう因果で俺はこんな狂ったガキと係わらなければいけないのか。
何としてでもこの世界から脱出し、元の世界に戻らなくてはならない。何かきっと方法があるはずだ。来た道があるんだ。帰る道もあろう。
昨夜会った金髪の美女―――。あの女とは元の世界で出会っていた。と、いうことはだ。あの女は俺のような入れ替わりではなく、姿そのままで来たってことになる。
いうなれば、この世界はドラゴンと魔法の世界だ。そういう魔法があってもおかしくはない。もしそうだとして、ドラゴンとの契約が不可欠。あるいは、ローラムの竜王とやらにその方法を聞くか。
そもそも俺はあの美女とどこであったのか、今一つ思い出せない。あの女は何者なのか。どういう目的でこの世界に来て、どうしてあの場所にいたのか。
何かがおかしい。いや、あの金髪の女のことを言っているわけではない。地鳴り。そう、これは地鳴りだ。竜王の門が振動している。
地震? いや、それも違う。空気が震えるこの感じ。忘れもしない。俺が若かりし頃、戦場で体感したあの感覚。
街の北端に煙が広がっていた。そこから轟音と共に赤い光が一筋、また一筋と空へと上がって行く。
光は雲の高さまで高度を上げたかと思うと緩やかに向きを変えた。弧を描いて南東へと向かう。
この世界では信じられない光景だった。
南東に消えた幾つもの赤い光。それを皮切りに何百もの赤い光が爆音を上げて次々と、朝焼けに燃える空へと飛び立って行く。
俺がいた世界ではいつもどこかで必ず見られる光景。目の前にあるのはまさにそれ、ミサイルの一斉発射と何ら変わらなかった。
市街地の北端で何が起こっているのか確かめなければならない。階段を駆け下りる。
すでに度重なる爆音に連続性は失われていた。音はまばらになっていって、もういつ終わってもおかしくはない。俺が飛翔体の発射場所につく頃には全てが終わっているのだろう。
目的の場所―――。そこは噂で聞いた古代遺跡が発掘され、カールが足しげく通うという。だが、古代遺跡とはほど遠い。あれは未来の産物。
俺の世界では、魔法は科学技術に置き換えられる。魔法を持つ者が王者であるならば、最先端の科学技術を保有することこそ権威であり、権力につながった。
WW2が終わり、三百年経とうかとする時だった。地球規模の大戦は影を潜める一方で、局地的な戦いは続けられていた。
代理戦争や宗教戦争。それでも、宇宙空間では大国同士が直接衝突を繰り返していた。
特に、宇宙空間での戦いは科学技術を飛躍的に向上させた。従属国同士を戦わせるのが代理戦争であるなら、宇宙空間での戦いは別の意味での代理戦争。人の代わりに人工知能が戦っていた。
俺は今、嫌な想像をしてしまっている。街で出会った金髪の女のことだ。昨日、偶然会ったが、もし、あの女がこれに関係しているとするならば。
階段を下り切り、城内を駆け、庭園に出た。城壁搭は二つある。俺が出た塔とはまた別の塔の方に多くの人が集まっていた。
近衛騎士や衛兵に侍従武官。男ばかりで誰もが塔に向かって剣や弓を構えている。その中にカリム・サンもいた。空で轟音が響く一方で、ここは凍り付くような静けさに支配されていた。
彼らは何かと対峙しているようだった。その何かは一連の流れから大体察することが出来た。俺の想像が正しければその何かには手出ししない方が良い。
生身の人間が敵う相手ではないのだ。手向かわず、ほっとけば他のやつと同じように飛び去ってしまうはずだ。どうにもできないものよりも街の北端、多くの光が飛び立ったそこに何があるのかを確かめる方が現実的だ。金髪の女のことも分かるかもしれない。
これだけの騒ぎである。事が静まれば学匠だけでなく、軍人も警察もそこに行く。野次馬だって来るだろうし、窃盗団も現れるのだろう。すぐに立ち入り禁止にさせられてしまう。
誰も彼も驚き、怖がっている今がチャンスなんだ。カリム・サンを捕まえて命じた。
「行くぞ。馬の用意だ」
近衛騎士や衛兵、侍従武官たちにざわつきが起こった。城壁搭の壁の一点が赤く燃えていた。ゆらゆらと煙を出しつつ、その一点はドロドロと溶け始めたかと思うと大きく円を描いていく。
城壁搭の壁が丸く切り取られた。壁の厚さから丸く切り取られたそこは倒れることも崩れることも許されず、壁に突っかかったままかと思った次の瞬間、赤い光が縦横無尽に走り、瞬く間に丸く切り取られた箇所が細かく切り刻まれた。
ぽっかり空いた城壁の向うから、黒く丸い物体が姿を現した。手があり、足がある。
「罪なき兵団」
カリム・サンがそうつぶやいた。伝説によると数千年前の人間がこれと共にドラゴンと戦ったという。
これがか? 目を疑った。俺はこいつを知っている。 “XN-10 トルーパー”。通称ハンプティダンプティと呼ばれる軍事用ロボット。
「王太子殿下と学匠のハロルド・アバークロンビーが城に持ち込んだ」
一体だけではなかった。二体目、三体目と姿を現すと三体示し合わせたように手足を胴に収納する。そして、火を噴き、閃光を放ち、上空に向かって飛び去って行った。
「カリム・サン! 馬はどこだ!」
「追うのですか?」
「馬鹿な。いいから馬だ。馬はどこにいる」
昨日のことからカリム・サンは俺のことを理解し始めているようだった。俺に何か考えがあると察したのだろう、庭園を走って行って、すぐさま馬を二頭用意した。
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