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第001話 冥銭


俺は死んだ覚えがない。


なのに大聖堂のど真ん中で目が覚めた。といっても、その時は状況が掴めなかった。ただ、分かったことは両の目にコインが乗せられている。


それを冥銭と呼ぶのだろうか。あるいはカローンと呼ぶのだろうか。何かの冗談に違いないのだろうが、それにしても、悪ふざけが度を過ぎている。


ともかく、俺は目からコインを手で払いのけた。ぱっと広がるまばゆい光。コインは床に落ちて転がっていく。


静まり返ったところに金属音である。まるで底なしの枯れ井戸に小石を投げ込んだようにコインの音は長々と高い音で、遠くへ遠くへと響いていく。


光に慣れた視界はというと宗教画が広がっていた。ドーム状の天井に描かれていたものだ。


真っ青な空に雲が一つあり、そこから差した陽の光に沿って、大勢の天使や兵士たちが地上へと行進している。


ぐるり辺りを見渡すと、多くの人が俺を見守っていた。彼らはまるでアリーナを見下げるスタンド席の観客のようで、その誰もが布一枚を体に巻き付ける古代ローマの“トガ”を思わせる出で立ちだった。


二、三百人はいたのではないだろうか。どの視線も俺に向けられていた。それら観客と俺の目が合ったかと思うと突然、それが起こった。次々と、連鎖的に、観客は悲鳴を上げ、逃げ惑う。


大聖堂はパニック状態であった。屈強な男もじいさんもばあさんも、可愛いねぇーちゃんでさえ、誰彼かまわず押し退け、踏みつけ、大聖堂から出ようとしていた。


俺はそんな光景を、大理石の寝台の上からポカンと口を開け、馬鹿みたいに見守っていた。あの時点、俺も何が起こったかは分かっていない。観客の、あまりのパニクリように俺も観客と一緒になって、逃げ惑っても良かったぐらいだ。


一人の男が大声でこう連呼していた。


「キース王子はまだローラムの竜王と契約を結んでいない。キース王子はまだローラムの竜王と契約を結んでいない」


男はカール・バージヴァルという。キースの兄にあたる人物で、大聖堂でただ一人、プールポワン風の服装をしていた。


その時の俺としては、カールの言っている意味も分からなければ、あえてここでそれを呼び掛けるっていう意図も分からなかった。だが、確かに、カールはこの時、そのようなことを人々に何度も言って、状況の沈静化を図っていた。


結局、広い大聖堂に人っ子一人居なくなった。俺は寝台から降ろされ、中央礼拝所の裏側、王室礼拝所に運び込まれた。そこは王室と一部の聖職者しか入れない場所であった。


そこで気付いた。どうやら俺はキースという男になってしまっているらしいと。キースは昨日、落馬したショックで心臓が止まったという。


もし、俺が死んでその魂がキースのむくろに入ったとしよう。だが、何度も言うが俺は、自分が死んだという記憶がない。俺が死んでないということは、生きているということだ。


であるならば、逆も言えるのではないだろうか。キースは死んだとされるが、どこかで生きている。


因みに俺が観客にさらし者になっていたのはキースのお別れ会みたいなもので、古代ローマの“トガ”を思わせる服装は王族以外に定められた彼らの正装らしい。正式な儀式は明日。その後でキースの遺体は焼かれる手順となっている。


ここが異世界なのは分かっている。俺自身、黒髪黒目の生粋のアジア系なのだ。それが金髪碧眼。しかも、二十歳にもなっていないこの若さに、垢抜けたこの美貌。どう考えてもどこかの世界のキースというおぼっちゃんに俺が入れ替わったとしか思えない。


幸運にも、俺は前の世界での自分を全く覚えていない訳ではない。大聖堂の装飾の感じが俺のいた世界のキリスト教を彷彿とさせる。これ一つとっても、俺の記憶が確かなのは間違いない。


妻子がいた。俺は元軍人で、辞めた時は少尉。前線で指揮していたが、結婚を機に大手セキュリテー会社に転職。四十五の若さで幹部に上り詰めた。


基本、キリスト教は土葬だ。文化が違うといえばそうだろうが、火葬というのが引っ掛かった。ここはそういうものだと俺は受け入れるべきなのだろうか。


それでも、やはり気に掛かった。大聖堂に掲げられる十字だけではない。言葉がほぼ、前の世界と一緒なのだ。喋るという点で言うとオーストラリア英語に近いというか、訛りの域から出ていない。文字の方は全く変わらなかった。


この世界は、俺たちの世界の親戚なのではないだろうか。どこかの過去で枝分かれしたもう一つの未来。そんな仮説を立ててみた。


キリスト教―――。この世界ではイザイヤ教と言われているのだが、火葬は王族に限ってのことらしい。


王室礼拝所に俺が入れたのもそう。つまり、俺は王族ってことだ。先ほどのカールが俺の兄で王太子。王は、俺の父親ってことになるのだが、どういうつもりか息子の、国民へのお別れ会に顔を出さなかった。


それについては、他人?の俺でもむかっ腹が立つ。その一方で、キースはよっぽど親に嫌われていたのだろうな、と想像してしまう。


王にとっては丁度いい厄介払いだったのではないか。そんなことを考えると寒気を覚える。それはまるっきり俺へと降りかかる災難なのだ。


王の考え次第で俺はどうにでもなる。都合よく死んだのに何でお前は生き返りやがったんだとばかりに、今度は確実に、この手で、と考えているのかもしれない。


それ以上に、妻と娘が心配だ。俺の説では、俺とキースが見た目そのままに入れ替わっている。となれば、妻と娘の未来はキースという男が握っている、ということになる。



「面白かった!」


「続きが気になる。読みたい!」


「今後どうなるの!」


と思ったら☆、ブクマ、コメント、応援して頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


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