1匹の猫の、残り半生のお話
これは作者が小学生の時に書いたものを書き直したものです。猫が人間の言葉を喋るのは一種の表現であり、人間の言葉が分かるということではないです。
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ある人は後先考えずにその時の感情と、ただ可哀想だからという理由で、捨てられた命に手を差し伸べる。僕にとってそのような人達は偽善者だと思ってしまう。
僕は捨て猫だ。過去に何度も飼われては捨てられた、猫だ。多分僕が痩せていて病弱そうな見た目をしているのと、人間側の事情があるのだろう。もしこの僕が可哀想だ、助けたいと思うのならば、是非"最後まで"、"責任を持って"飼って欲しい。それができないのなら、僕を更に傷つけるだけだ。
今回捨てられた場所は、ここで一生を終えるのを悟る位には、人通りが無い道だ。ダンボールの壁は高くて、この僕には脱出は無理そうである。辺りは暗くなってきた。寒い。
僕がダンボールの中で丸くなり、そろそろ気が遠のいてき始めた頃。気づいたら目の前には男の人が立っていた。僕が言うのはおかしいけれど、男の人の格好はとても上品とはいえないものである。寒いのだろうか、小刻みに体が震えている。その人は僕の体を抱き上げて、薄く冷えたコートの中に僕を入れた。梟のなく声を聞きながら、僕は捨てられる覚悟をした。
男の人と僕は、小さなアパートに着いた。ここがおそらく男の人が住んでいる家なのだろう。今まで僕を飼ってきた人間達と比べると、何処か味気ない家である。最初の1日目は、どの人間も僕に優しく大事にしてくれたけれど、この人はいつまで僕を飼うつもりなのだろうか。やがて、男の人は外出した。
少し経って、男の人が戻って来た。どうやら、僕の食べ物を持って来てくれたらしい。その日僕は、生き返った気分で、食事をした。
次の日すっかり元気になった僕は、男の人に抱かれて外の景色も見ぬまま、猫が沢山いる所へ連れられた。僕は気づいた。ここは猫の保護施設といった所に違いない。男の人は僕を猫が沢山いるケージ近くに置いて何処かに消えた。僕の周りには自分よりずっと大きい猫から、目線が僕の肩くらいの猫もいて、特に僕の存在を気にする様子はなかった。今までの経験上、男の人はもう戻ってこないか、僕を連れた後何処かに捨てるだろう。やはりあの男の人もまた、僕を傷つける。僕は一生の折り返し地点を過ぎている、生きていてもしょうがない猫だ。少しでもあった希望は、次は自分を苦しめる。捨てられることが当たり前になるほど、自分の死期が近づくようで、怖い。やがて、男の人が来て僕を再び抱き上げ、施設の外へ出た。このまままた捨てられるんだ、そう強く思うと、
「ミャー」と…無意識にないていた。すると男の人がその大きな手で、優しく僕の頭を撫でてきた。一瞬でも気を緩めた僕は、だんだんと眠たくなり、コートの中で寝てしまった。
起きると、そこは男の人の部屋だった。日付も変わっているようだし、未だ自分が捨てられていないことに困惑する。周りを見てみると男の人がいない。まさか家ごと捨てたのかと思ったのもつかの間、男の人の影が見える。見上げると、何故か笑顔の男の人が立っていた。人間は分からない。昨日まで面をつけたような顔をしていたのに。その日は男の人もずっと家にいて、やがて太陽と僕のまぶたは落ちたのだった。
それからというもの、特に変わったことをした日もなく、10日が過ぎた。今までこんなことはなかった。長くても人間は5日で僕を見放して、捨てているのに。僕の覚悟が段々と薄れていってしまう。
男の人に拾われてから大体15日目になった頃、遂に男の人は僕を猫用でもない小さな籠に入れて、近くの公園へ行った。その公園には緑の芝生が生い茂っていて、人の気配がなかった。ベンチも無い公園の芝生に男の人は腰を下ろして、隣に僕が入った籠を置いた。男の人の目線の先には、赤くぼんやりとした夕日がある。"捨てられる"、皮肉なことに、忘れていた記憶が蘇る。もう薄れた覚悟。そう直ぐには取り戻せないでいる。呼吸が乱れる。
「*******」
隣にいる男の人が突然話し始めた。人間の言葉は分からないが、声が震えているのが分かった。それから色々と話しているようだったが、あいにく理解し得なかった。やがて、僕はその日捨てられることもなく、男の人の家に帰った。その日の夜、僕は数年ぶりに深い眠りにつけていた。
翌日、僕が起きた時またもや男の人はいなかった。しかし、何故だか僕は不安な気持ちがあまりなかった。夜の内にまたどこかへ行ったのだろう、そう思ったのだ。だが正午を過ぎても男の人は戻ってこなかった。窓から外を見ようとした時、ガチャンとドアが開く音がした。いつもと格好が違うが、男の人であった。……息を荒げているし、尋常じゃないほどに身体中小刻みに震えている。鞄を机に置いて、中のものを次々と取り出し始めた。置いたときに鳴る金属音がうるさい。猫缶の取り出し方も、置き方も雑であった。しかし、男の人が1番大事そうに取り出したのは、長方形の、薄っぺらい紙だった。あんな紙が他の物よりも価値があるとは思えなかった。
次の日の朝、僕が丁度男の人の様子を見に行こうとした時、玄関で大きな音がした。見に行くと、男の人ともう何人かの、スーツのような服を着た人達が話していた。男の人が僕に目線を送った。僕に逃げて欲しいことが直ぐに分かったら、僕は何が何だか分からないまま空いた窓から外へ出た。
それから数年、僕はあの男の人を見ていない。ふと、あの家に行ってみると、窓から見える部屋の中は空っぽである。
夢のようだったあの日々が忘れられないでいる。同時に、どうしようもない余計な希望さえ、僕に持たせる。今日までなんとか生きているが、寿命であろうか、そろそろ燃え尽きそうでいる。ポツポツと雨が降って来たので、あのアパート、
あのドアの前で雨宿りをすることにした。雨が強まってきた。このまま眠ろうか。ーーーー?
ーーーーこんな大雨の中、1人こちらへ傘をさして向かってくる人間が見えた。僕の視界が歪むほどに、あの人間は悲しみに溺れている。僕は冷えて悴んだ手足で体を起こす。お互いの顔があったとき、僕達は引き寄せ合うように走り出した。そして彼の懐に抱かれた瞬間、濡れているはずなのに、その薄いコートの中は温かかった。
捨てるような価値の猫でも、こんなに幸せでも誰も恨みはしないだろう、僕は僕に言い聞かせた。
ありがとうございました。




