第2章 第1話 はじまり
「「海だーーーー!」」
水着に身を包んだオリヴィアと花音が鎌倉の砂浜を駆けていく。バレー部別動隊が発足して一週間後の放課後。俺たちは学校の近くの海へとやって来ていた。さてと……。
「なんで水着着てんの?」
「「え?」」
深い青に向かって走っていた二人が同時に振り返る。
「だって海行くって……」
「遊びにきたんじゃないんですか!?」
「練習に決まってんだろ。あー……悪い、もう脚が限界だ」
俺は持参していたブルーシートを砂浜に敷き、倒れこむように座る。
「当たり前だけど砂浜は走りづらい。ただ歩くだけで体力が持っていかれるし、立っていることすら長時間は厳しい。だからこそ下半身の強化や体力向上に最適。まぁ膝を壊さないように程々にだけどな」
「えー!? 泳がないんですかぁ!?」
「泳がねぇよ春の海だぞ。ていうかお前らなんでそんなテンション上がってんだよ海は初めてじゃないだろ?」
「うち福岡の内陸部出身やけん……」
「岩手のリアス式海岸さ舐めんじゃねぇぞ」
二人から方言混じりの文句が飛んでくるが知ったことではない。冷たく突き放そうとしたが、オリヴィアの様子がどこかおかしい。顔を赤くして胸を両腕で隠している。
「こ……こんな格好で走るのは……ちょっと……」
確かに全く身体に起伏のないスクール水着姿の花音はまぁいいとして、
「なんか失礼なこと思いませんでした?」
大きな胸を隠しきれていないビキニ姿のオリヴィアはな……。まぁ気持ちはわからんでもない。
「大丈夫、秘密兵器持ってきたから」
「秘密兵器!?」
「二人のスニーカー。これで問題なく走れるだろ」
「ばーか! バレーばかぁ!」
問答無用で走ることになった二人が文句を吐きながら遠ざかっていく。さてと、俺は俺で仕事をやらないとな……。
「俺になにが……どこまでできるのか……」
二人を鍛える。そう言ったはいいが、正直自信はない。
俺は指導者ではないし、オリヴィアのようなスパイカーでもない。花音と同じリベロではあるが、単純なレシーブのスキルは既にあっちが上。
もちろん教えられることはある。様々な選手を調べてきた知識。全国トップとしての経験。その全てを注ぎこめば充分に力になれる……はずだ。
二人のランニングの様子を時々確認しながら、ネットで情報を漁っていく。バレーだけじゃない。他のスポーツ、教育論、何でもいい。二人のために俺ができる全力を……!
「それ、楽しい?」
潮風と溶け合った声が、俺の後ろから流れてくる。
「それがあなたのやりたかったこと? 違うよね。あなたは裏方じゃない。表舞台で輝きたいんじゃないの? 鎌鼬」
咎めるような、厳しい声。だが不思議とその声は透き通るように俺の耳に入ってきて、身体に満ちていく。
「……俺の左脚はまともに動かない。これはあきらめじゃない。どうがんばっても変えられない現実だ」
「そうだね。それが現実なのかもしれない。でもいいの? あの時感じた楽しさを忘れて生きていけるの? そんな人生で満足できるの?」
「……誰だか知らないけど余計なお世話なんだよ」
怒りを抑えながら振り返る。しかしそこには人はおらず、その代わりに一枚の紙が風に飛ばされないように石に抑えられていた。そこに書かれていたのは。
「1年前……助けてくれてありがとう……」
俺の人生を奪った者からのメッセージだった。そして。
「次は右脚をもらうね」